第24話 ヴェルトリアの研究室にて・後半
研究室の奥、干渉パターンを測定する水晶板の前。
光の縞模様が波打ち、揺らぎながら幾何学的な模様を描き出していた。
イレーネはその様子に見入っていたが、やがて小さくため息をついた。
「……ヴァルグ。あなたは、本当に王の言う“平等”を信じているの?」
不意を突かれた問いに、ヴァルグは返答をためらった。
「信じる、というより……従うしかない」
「そう?」
イレーネは水晶板から目を離さず、淡々と続ける。
「私は、あの子どもが掲げる理想そのものを否定はしないわ。
皆が等しく暮らせる世界……きっと素敵でしょうね。
でも、あの理想を実現する手段が“戦争”しかないというのなら――」
彼女は手にしていた記録用の羊皮紙を机に投げ出した。
「……私は心からは賛同できない」
ヴァルグは黙って光の管を見つめた。
アルディナで捨てられた自分。ヴェルトリアで迎え入れられた自分。
今や王の右腕と呼ばれているが
――その技術が再び“戦争の道具”として使われているのは間違いなかった。
「俺も……本当はそう思っている。
だが、もう後戻りはできないんだ」
イレーネが視線を向ける。
その瞳には批判よりも、長年の仲間に向ける憂いが浮かんでいた。
「ねえ、ヴァルグ。
あなた、かつてアルディナで共に回路を直した“あの青年”を思い出しているんじゃない?」
ヴァルグは小さく目を見開き、それから視線を伏せた。
「……忘れられるはずがない。
彼と並んで回路を直した夜が、俺の技師としての原点だった。
だが今や、俺はその彼と敵対する立場にいる」
イレーネはしばらく黙り、干渉縞を映す光の揺らめきに目を落とした。
やがて静かに言った。
「技術は人を救うためにも、殺すためにも使える。
……でも、私は“作る喜び”を手放したくないの。
あなたも同じじゃないの?」
ヴァルグは返答しなかった。
ただ管を流れる光を見つめる。
位相が重なり合い、干渉して新しい模様を生む
――それは確かに、技術者の心を掴んで離さない美しさを持っていた。
「救うための技術か、奪うための技術か」
その境界は、光の縞のようにわずかな揺らぎで変わってしまうのかもしれない。
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