第23話 ヴェルトリアの研究室にて・前半

ヴァルグは謁見の間を後にし、城の奥にある研究棟へと戻ってきた。

外とは隔絶された厚い石壁の中、燭台の光が反射するガラス管がずらりと並んでいる。

整然と束ねられたそれは、まるで透明な血管のように壁や天井を走り、淡く光を脈打たせていた。


「おかえりなさい、ヴァルグ」

出迎えたのは、白衣姿の女性――この研究室の所長、イレーネだった。

年の頃は三十に届くかどうか。凛とした表情に、研究者特有の生き生きとした好奇心が宿っている。


彼女はかつてアルディナから亡命してきたヴァルグを拾い上げ、研究所に迎え入れた人物だった。

「王に呼ばれていたのでしょう? ……ご苦労さま。でも、正直なところ私は戦の話は好きじゃないの」

そう言いながらも、机の上に広げられた設計図に視線を落とすと、口元が自然とほころんだ。

「でもね、技術そのものは――やっぱり面白いわ」


ヴァルグは苦笑をもらした。

「変わりませんね、所長」


二人は研究室の奥に進む。そこでは職人たちがガラスの管を丹念に磨き、魔導信号を流し込んでは干渉のパターンを確かめていた。

魔石を大量に必要とするアルディナの回路とは対照的に、ここではありふれた砂と炎から生まれるガラスが資源の中心だった。


「位相の揺らぎで信号を計算に変える……本当に、魔法というより物理だな」

ヴァルグが呟くと、イレーネは嬉しそうにうなずいた。

「そうよ。私たちは資源が少ないからこそ、工夫して辿り着いたの。

干渉を利用すれば、魔力を大量に消費せずに済む。光が交わり、打ち消し合い、強め合う……その模様がそのまま計算結果になるのよ」


透明な管の中を流れる光は、青や赤の干渉縞を描きながら脈動している。

まるで生き物が呼吸しているかのようだった。


「ただ……どうしても職人の腕に頼る部分が多いの」

イレーネは管の表面を指でなぞり、磨き残しのわずかな傷を示した。

「これ一つで、信号が乱れて全部だめになる。だから高価だし、大規模には広げられない」


ヴァルグはしばし沈黙した。

アルディナの「簡易で誰でも扱える魔導回路」と、ヴェルトリアの「高価で精緻な光の回路」。

どちらも一長一短。けれど、この差が両国の運命を分けているのだ。


「……技術は救いにも、呪いにもなる」

小さくこぼしたヴァルグの言葉に、イレーネはちらりと視線をよこした。

「それでも、私は作りたいの。誰のためでもなく、ただ技術が好きだから」


研究室に満ちる光の干渉が、二人の横顔を淡く照らしていた。

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