第25話 光に刻んだ符号

イレーネとの会話の後、ヴァルグは自室に戻った。

石壁に囲まれた小さな研究室。机の上には複数の設計図と、

ガラスの管を組み合わせた試作装置が散らばっている。


椅子に腰掛け、彼は深く息を吐いた。

(……結局、王の命令には従わざるを得ない。アルディナを攻めよ――それが絶対だ)


机に広げられた図面を指先でなぞる。

そこにはヴェルトリアの技術――ガラス管を磨き上げ、

光の位相干渉を計算に利用する仕組みが描かれていた。

アルディナの「誰でも扱える簡易な魔導回路」とは正反対。

複雑で高価だが、見事に資源を節約できる。


「……ソーマ」

小さく呟いた名は、かつて隣に並んだ青年のもの。

(もしお前がこれを見れば、きっと目を輝かせるだろう。リィナも、エルドランも……)


ヴァルグは羊皮紙を取り出し、設計図に新しい符号を描き込んでいった。

攻撃命令に従いながらも、

その中に“解読可能な暗号”としてヴェルトリア技術の断片を織り込む。

結界を揺らす干渉パターンに、わざと特徴的な縞を混ぜ込むのだ。

気づくのは――技術に目のない相手だけ。


「こういう技術だぞ。……一緒にやれたら面白いんじゃないか?」

口の中でつぶやきながら、ヴァルグは管を接続して干渉パターンを走らせる。


やがて水晶板に、攻撃波形が浮かんだ。

ただの破壊信号に見えるが、よく見れば――光学干渉を模した複雑な縞模様が潜んでいる。


イレーネが後ろから覗き込み、眉をひそめた。

「……こんな“遊び”を混ぜて、本当にいいの?」


「遊びじゃない」ヴァルグは首を振った。

「これは呼びかけだ。ソーマなら気づく。気づいてくれるはずだ。

そうすれば……技術の話ができる。敵としてではなく、技師として」


イレーネは小さく笑った。

「ふふ、あなたらしいわね。戦争の真っ只中で共同研究を夢見るなんて」


ヴァルグも苦笑を返した。

「それでも……それしか俺にはできない。技術で争うのではなく、技術で繋がるために」


二人の視線の先で、光の干渉縞が揺れていた。

それはまるで、未来への暗号のようにきらめいていた。

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