第22話 若き王と黒曜の技師

ソーマが偽ノードを退け、束の間の安定が訪れたその頃――


※※※※


ヴェルトリア王城の謁見の間。

高くそびえる柱の間に、幼い王が座していた。


年の頃はわずか十二。

小柄な身体は大きな玉座にすっぽりと埋もれ、重々しい冠はまだ少し大きすぎる。

細い首にはその重さがよく目立ち、顔立ちにはまだ幼さが残っていた。

けれど瞳だけは真剣に燃えていた。

――父王が大戦のさなかに急逝し、突然に王位を継がされた子どもなりに、必死に国を背負おうとしていた。


「ヴァルグ」

名を呼ぶ声は澄み渡り、広い空間に響いた。

だがその響きにはまだ高い調子が残り、精一杯の威厳をまとおうとする努力が透けて見える。

幼さを隠すように胸を張り、一語一語を噛みしめて発するその姿に、場を取り巻く兵や廷臣たちも自然と背筋を伸ばしていた。


「アルディナの人々は、簡易な魔導回路に安住し、もはや修練も努力も忘れてしまった。

一方で、我らヴェルトリアの民は勤勉であり、古き伝統を守り続けている。

……それなのに、報われぬ。資源も乏しく、ただ不遇にあえぐばかりだ」


小さな拳を固め、玉座の肘掛けを打ち鳴らす仕草は、背伸びをした子どものようでもあった。

だがその言葉には確かに熱があり、理想を信じる強さがあった。


「だから私は、世界を正す。

怠惰に堕ちた者と、真面目に修める者と――その差を埋めねばならぬ。

すべての人が平等に暮らせる世界を。

そのためには、アルディナの結界も資源も、我らが手にせねばならぬのだ」


一種の理想主義的な夢想が、まだ声変わりも終えていないその声に響いていた。


謁見の場に控えるヴァルグは、静かに頭を垂れた。

かつてアルディナで技師として働いていた。

彼が中心となって開発した結界システムが動き出し、戦況は膠着に向かった。

安堵した上層部の間では、次第にこう囁かれるようになった。

――「もう魔導技師はいらないのではないか」

――「戦争に使えてしまうほどの技術は、むしろ危険だ」


冷たい声が広がるにつれ、待遇は悪化し、居場所は狭まっていった。

「技師は使い捨てにすぎない」――そう突きつけられたとき、ヴァルグは国を去るしかなかった。

そして亡命先に選んだのが、このヴェルトリアだった。


「……仰せのままに」

漆黒の外套を揺らし、彼は低く答える。

「偽ノードは一旦は退けられました。ですが、すでに次の手立てはあります。

間もなく、アルディナ全土の結界は我らの掌中に」


若き王は満足げにうなずいた。

その仕草もまだぎこちない。けれど言葉は真っ直ぐで、子どもゆえの純粋さがあった。


「よい! そなたの技こそが、この理想を現実にする。

ヴァルグ、我が右腕よ……どうか民を“救って”くれ」


その言葉に、ヴァルグの胸中には微かな痛みが走った。

救うために始めたはずの技術が、奪うために使われようとしている。

だが、もう止められない。王も、国も、そして彼自身も――この道を選んでしまったのだ。


ふと脳裏に、かつて砦で並んで回路を直した青年の笑顔がよぎる。

「PLLを挟めば安定します」――そう言って迷いなく手を動かした、あの夜。

今、同じ青年が再び立ちふさがっている。


(……ソーマ。お前は本当に、世界を“救える”のか?)


小柄な王の声が再び響いた。

「アルディナを、そして世界を正すのだ!」


謁見の間の天井に、その宣言がいつまでも反響していた。

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