第14話 はじめての魔導回路・前半

エルドランの工房を辞すとき、僕は深く頭を下げた。

「今日は本当にありがとうございました」


ルシアもそっと微笑む。

「祖父の話を、あなたと一緒に聞けたのは私にとっても大切な時間でした」


エルドランは軽く手を振る。

「礼は要らん。――あとは自分の手で確かめるがいい」


その言葉に背を押されるようにして、僕とリィナは研究室へ戻った。


***


戻ってからも、あの一言が頭の中で反芻されていた。

「自分で描け。手を動かし、失敗し、動いたときの歓びを知れ」


机の前で腕を組み、ふと考える。

(最小の“魔導回路”って、そもそも何だろう?)


研究所では、基本的な魔導回路を組み合わせてシステムを構成している。

システム設計の方式が図面から設計言語に移り変わっても、その点は変わらない。

設計言語で記述したシステムに従い、基本回路を選んで組み合わせて作るのだ。

その基本回路は、研究所に“伝承”のように残っているリファレンスを見ながら、

魔導素子をつないで形作られている。


図書館で見た複雑な魔導回路の図面も、結局は魔導素子とその接続、

そして接続の間を埋める複雑な模様で構成されていた。


(最初からこんなに複雑だったのかな……?)

ふと、そんな疑問が浮かぶ。


「リィナさん、魔導素子を使った最初期の魔導回路って、何をしていたか知ってる?」

彼女は少し首を傾げ、すぐに答えた。


「それは増幅装置です。微かな魔力を拾って大きくする魔導回路。

最初は術者のばらつきを補うために、まず“増やす”ところから始まったそうです。

今でも明かりや水を流すポンプなど、いろいろな生活道具には同じような回路が使われていますよ」


「リィナさんも作れるの?」

「もちろん作れます。この研究所ではあまり使いませんが、素子もあったはずです」


そう言って研究室の隅の部品箱から、小さな魔導素子を取り出し、ひょいひょいと配線する。

「ここに入ってきた魔力に応じて、この二つに流れる魔力量が変わるんです。

小さな魔力の変化で大きな力を制御できるので、道具全体に伝えられるんです」


(増幅……まるでトランジスタそのものだ)


魔導素子がトランジスタと似た特性をもっているなら、

電子回路と同じ原理で自分なりの基本回路を作れるかもしれない。


***


僕は大学の講義で習ったスイッチング回路理論を思い出していた。

特性ははっきりしないが、話を聞く限りでは電流駆動のトランジスタに近いはずだ。

それなら二つ組み合わせて、シュミットトリガのように使えば――

NOTゲートに相当する“反転回路”が作れる……はずだ。


記憶を頼りに、二つの魔導素子を取り出して配線する。

入力をオンにすると出力はオフへ。オフにすると、出力がふっと灯った。


「……動いた!」思わず身を乗り出す。


リィナは目を丸くして水晶板を覗き込み、少し考え込む。

「これ……反転回路ですか? 研究所にある魔導回路のリファレンスとは全然違うのに、同じ動作に見えます」


僕は頷いた。

「そう。僕の知っている知識で作った反転回路だ。入力がオンなら出力はオフ、その逆も同じ」


リィナは僕が入力を切り替える様子を眺めながらつぶやく。

「……同じ働きでも、こんな作り方もあるんですね」


そう。研究所に伝わるリファレンスの回路では、魔導素子ひとつに複雑な模様のような配線がついていた。

多様な条件を考慮してあるのだろうが、僕には到底真似できそうにない。

僕の回路は魔導素子を二つも使う分、コストは大きい。


だが、自分の知識と魔導回路の仕組みが結びついた手応えに、胸が熱くなる。


次は二入力。

二本の入力と素子の組み方を少し変え、両方オンのときだけ出力が消える――NAND。


「順番に切り替えてみよう」

片方オン、出力は点灯。もう片方オン、まだ点灯。両方オンになった瞬間、出力はふっと消えた。


「……よし」拳を握る。

リィナも興味深そうに、水晶板をのぞき込んでいた。

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