第13話 エルドランとの邂逅
「祖父は……今も生きています」
ルシアの言葉は、図書館の静謐さを切り裂くように響いた。
リィナは大きく目を見開き、口元を押さえる。
「そんな……。記録には、ずっと昔に消息を絶ったと……」
「はい。公の場からは姿を消しました。けれど、静かに暮らしているんです」
ルシアは、どこか誇らしげに、けれどわずかな迷いを混ぜて言った。
「私にとって祖父は、優しく穏やかな人でした。
……ただ、技師としての顔を、ほとんど知りません」
彼女は羊皮紙に残る署名へと視線を落とす。
そこには確かに、誇り高く「エルドラン=ヴァルクス」と刻まれていた。
リィナは唇を噛みしめ、やがて深く息を吐いた。
「……本当に、会えるのですね」
声は震えながらも、瞳には期待の光が宿っていた。
僕もまた、胸の奥で鼓動がせり上がってくるのを感じる。
伝説は、ただの記録や噂ではなかった。
生きている。今、この時代に。
ルシアは、ふっと微笑んだ。
「よければ……祖父に会ってみませんか?」
***
ルシアの導きで、僕とリィナは王都の外れにある石造りの家が集まるエリアを訪れた。
その奥まった場所に、ひときわ古びた工房が建っている。
「ここです」
ルシアが扉を叩くと、中からかすれた声が返ってきた。
「……開いている。勝手に入れ」
きしむ音を立てて扉を押し開けると、そこには本や羊皮紙、
工具や試作された魔導具が所狭しと積まれた空間が広がっていた。
だが不思議と雑然とはしていない。
どの道具にも使い込まれた跡があり、配置には目的が宿っているのが分かる。
机に向かっていた老人が振り返った。
長い白髪を後ろで束ね、瞳には衰えぬ鋭さが宿っている。
「おじいさま……!」
ルシアが一歩踏み出す。
「おや、ルシアか。久しぶりだな。元気か?」
老人――エルドラン=ヴァルクスは、ゆっくりと立ち上がる。
その声は久しぶりの孫娘を迎える好好爺そのものだ。
ルシアは微笑んで答える。
「元気です。おじいさまもお元気そうで」
そして僕とリィナを紹介した。
「こちらはソーマさんとリィナさん。魔導回路を調べていて……祖父にぜひお会いしたいと」
エルドランは二人を見やり、ふっと笑う。
「回路に惹かれる者は、皆どこか似た目をしておるな」
***
炉の赤い火を囲みながら、僕たちは語り合った。
リィナは憧れの人を前に興奮を抑えきれず、質問を矢継ぎ早に投げかける。
「この署名の回路、本当にあなたが設計を……!」
「ああ、わしの若い頃の仕事だ。
あの時代は、図面がすべてだった。線の引き方一つに意味を込め、なぜ動くかを意識せずにはいられなかった。
……もっとも、その頃からすでに“理由は分からぬが動く”部分はあったがな。
魔導回路の根は魔法にある。人知では割り切れぬ部分が必ず顔を出す」
彼は古い図面の束を手に取り、指先でなぞる。
「やがて設計言語が広まり、図面を描かずとも記号と文で設計できるようになった。
便利ではあった。誰もが同じコードを使い、部品を組み合わせるだけで複雑な回路が作れるようになった。だがな……」
彼の目は鋭さを帯びた。
「それは同時に、ますます中身を見なくなるということでもあった。
図面の時代ですら、内部は半ばブラックボックスだった。
だが、設計言語の普及でその傾向は加速した。
理解が追いつかぬまま、ただ規模だけが膨らんでいったのだ。
……便利さが先に立ち、本質は置き去りにされた」
言葉の端々に、長い年月の悔恨がにじんでいた。
リィナが思わず問いかける。
「……それで、姿を消されたのですか?」
エルドランは小さく笑った。
「半分はな。わしは誇りを持って仕事をした。
だが同時に、人を狂わせる兵器も生んでしまった。
――それ以上、同じ道を進みたくはなかったのだ」
ルシアは真剣に祖父を見つめていた。尊敬と、どこか切ない思いを宿したまなざしで。
***
会話の最後に、エルドランは僕に向き直った。
「ソーマ、といったか。おぬし、魔導回路を本当に知りたいのなら――
コードを読むだけでも、図面を追うだけでも足りぬ」
「……?」
「自分で描け。手を動かし、失敗し、動いたときの歓びを知れ。
理屈はその後でいい。そうして初めて、“自分の回路”になるのだ」
その言葉に、胸が熱くなる。
大学時代、必死に回路を組んで動いた瞬間の感覚が蘇った。
――きっと、それこそが僕にとっての答えなのだろう。
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