第10話 魔導回路ってなんだ?

やがて研究室には、見習いの若者たちが集まるようになった。

回路図を抱えて目を輝かせる彼らに囲まれて、僕は思わず苦笑する。


彼らが楽しそうに議論を交わす様子を眺めながら、僕は椅子に腰を下ろした。

――そのとき、ふと口をついて出た。


「……そもそも魔導回路って、何なんだろうな」


いろいろなことに流されて見様見真似でFPGAを使って結界を修復したり、

電子回路技術の応用で魔導回路の見直しをはじめて、なんとなくは動かせてはいる。

けれど僕自身、魔導回路については全然知らないことばかりだ。


独り言のつもりだったが、近くにいたリィナが小首をかしげてこちらを見た。


「ソーマさん、魔法と魔導回路の違いはご存知ですか?」


「いや、まだよく分からない。

ただ、この前見た……井戸の水をすくい上げる光の紐。あれが“魔法”なんだろう?」


リィナは小さく笑い、静かに説明を始めた。

「ええ。魔法は素質を持つ人が修行を積んで扱える術です。

空気や自然界に満ちる“魔元素”を組み合わせて、火や水、光を生み出す。

けれど誰でも使えるわけではありませんし、強力な魔法を扱える人は限られています」


――魔元素を操る術。僕の世界で言えば、化学反応のような仕組みに近いのかもしれない。


「では魔導回路は?」と僕が尋ねると、リィナは少し表情を引き締めた。

「魔元素の流れを人工的に操る仕組みです。

だから素質のない人でも術を使えるようになるんです」


――なるほど。

つまり魔法の恩恵を、誰もが手軽に使えるようにした“工業製品”みたいなものか。


「時代を経るにつれて、より複雑な術を扱えるように設計も高度化してきました」

リィナの言葉に、僕は思わず頷く。


僕は深く息をつき、図面を見返す。

「術式を流すだけなら魔法と同じはずだ。けれど、そこに“回路”が存在するのはなぜなのか」

僕がこの世界に来て以来、魔導回路を扱うたびに、ずっと引っかかっている問いだった。


魔導回路をひもといてみると、驚くほど整然とした構造が浮かび上がる。

信号を組み合わせる論理回路、クロックに従って値を保持するフリップフロップ――。

その積み重ねはレジスタ転送レベル(RTL)として秩序をなし、やがて複雑な制御を表現している。


魔力の流れを信号に、魔導回路を配線に、術式の遷移を状態遷移に見立てれば――まるでコンピュータ・アーキテクチャだ。

複雑な仕組みでも、設計技法に沿って積み上げれば動くようにできている。


構造が電子回路と同じであるがゆえに、FPGAを使って魔導回路の修正や機能追加ができたのだろう。

もちろん、なぜ魔力が電気のように論理を運び、同期の境界を越えても安定して働くのかは分からない。

理由は霧の中でも、現象として「動く」ことだけは確かだったのだ。


僕はリィナに問いかけた。

「君は……魔導回路について考えたことがあるか?」


「私も教わったのは『この線をこう繋げば動く』というやり方だけです。

なぜそうなるのか、誰も説明してくれませんでした。

それにここ数年は結界の修復対応ばかりで、研究に時間を割く余裕もなくて……」


彼女は悔しげに唇を噛んだ。


そして、ためらいながら続ける。

「……多くの研究記録は、“魔導災害”や“大陸戦争”の中で焼失しました。

残ったのは断片的な設計図や現物だけ。

それを必死に解析して受け継いできただけなんです。

だから応用はできても、理論的な裏付けは失われたまま……」


リィナの目が揺れる。

「けれど――王都の大図書館や学院には、まだ古い写本や設計図が残っているかもしれません」


「王都に……」僕は呟いた。

確かに、これまで目にしてきた設計図はどれも似たような形をしていた。

けれど理由の説明はなく、ただ“受け継がれてきた形”として存在している。


「そうか……。今までは流れに任せて回路を扱ってきたけど、根本に立ち返るときが来たのかもしれない」


思えば、僕がこの世界に来てからはずっと「既存の回路を直す」ことに追われてきた。

それは確かに人々を救ったけれど、“なぜ動くのか”を問うことは後回しにしてきたのだ。


僕は顔を上げ、はっきりと告げる。

「……王都に行こう。残された記録を探すんだ」


リィナが静かに頷いた。

「答えはきっと、どこかに残されています。私たちの歩んできた回路の歴史の中に」


僕は拳を握りしめた。

――この問いの先に、きっと新しい魔導回路の未来がある。

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