第8話 閑話・ヴァルグの記憶

嵐の夜、南方砦の一室。

薄暗い机の上で、ひとりの青年が回路図を睨んでいた。

名はヴァルグ。まだ黒ローブではなく、粗末な作業服を着たただの技術者だった。


「また……位相がずれたか」


魔導回路と物理配線の違いに頭を抱えながらも、諦めなかった。

外の戦況は最悪だが、この回路が完成すれば砦を守れる――そう信じていた。


* * *


ある日、砦に奇妙な青年が現れた。

異世界の服装、見慣れないボード。

ヴァルグの回路を一目見るなり、彼は迷いなく言った。


「PLLを挟めば安定します」


その手際は迷いがなく、あっという間に配線を組み替えていく。

結果、結界は奇跡のように安定し、砦は救われた。


その夜、二人は並んで回路図を見つめ、笑い合った。

「これで戦争は終わる」

「ええ、きっと」


……だが、戦争は終わらなかった。

砦は別の戦線の崩壊で包囲され、結界は奪われた。

青年はどこかへ消え、ヴァルグだけが残った。


「……平和は守れない。ならば、奪う側に回るまでだ」


彼はFPGA技術を独学で再現し、複製と支配による「安定」を目指すようになった。

それが、偽ノードの始まりだった。


* * *


その青年の名を、ヴァルグはよく覚えている。

ソーマ――。


そして今、再び彼の前に現れたソーマは、かつてと同じFPGAボードを手にしていた。

違うのは、その手がヴァルグの作り上げた全てを否定するために伸びていたこと。


「やはり、お前か……ソーマ」


ヴァルグは心の奥で呟いた。

(今度こそ……お前が信じた方法で、本当に世界を守れるのか)


星空の下、MADOの同期ランプが静かに点滅していた。

ヴァルグはその光を見つめながら、かつて信じた安定と、今選んだ安定との間に横たわる深い溝を思った。

その淡い鼓動が、次の戦いの訪れを静かに告げていた。

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