第4話 「MADO」計画ツアー — 再訪者の足跡

城の作戦室。

巨大な地図の上に、赤く点滅する無数の地点が浮かび上がっている。

それぞれが、不安定な結界システムの場所だという。


リィナが地図の中央を指さした。

「ここに、全世界の結界を同期させる“大基準点”を作ります。

それが——MADO計画です」

一瞬、彼女は間をおいた。

「Modular Architecture for Dynamic Optimization」


「……つまり、世界規模のクロックツリーを作れと?」


「はい。あなたの”エフ・ピー・ジー・エー”技術で」


僕は頭を抱えた。

だが、脳裏にはあの奇妙なコードが浮かぶ。


// Keep the phase locked, no matter the cost.


(……本当に、俺のやることなのか?)



翌日から、各地の魔導回路修復の旅が始まった。


第一の町——錆びついた配線を交換し、安定化モジュールを挿入。

村人たちは初めて見る基板に目を丸くし、やがて静かに手を合わせた。


第二の村——魔力ノイズのフィルタ回路を追加。

回路が静まると、井戸水の音まで澄んで聞こえた。


第三の砦——外部クロックの位相をPLLで同期。

波形が揃った瞬間、兵士たちは小さく息を漏らし、笑みを交わした。


作業を終えるたび、誰かの暮らしが守られたことを実感できた。

その感覚は、研究室の中では得られないものだった。


移動の合間、リィナがふと笑った。

「あなたが回路を組んでいるときの顔、ちょっと楽しそうですね」

「……そう見える?」

「はい。魔法を使ってるときの私と、たぶん同じ顔です」


そんな何気ない会話が、旅の中で少しずつ増えていった。

気づけば、彼女の指示や癖を言われなくても理解できるようになっていた。


だが同時に、胸の奥に奇妙な引っかかりが芽生えていた。

まるで、すべてが最初から僕を待っていたかのような——。


どの現場でも、不思議なことがあった。

古びた基板に刻まれた「soma」の文字。

黄ばんだ図面の抵抗記号は、少し不格好で——まるで僕の手癖そのもの。

さらに、デバッグ用のメッセージに無造作に書かれた hoge の文字列。

どれも些細なはずなのに、胸の奥を冷たい指先でなぞられたような感覚が残った。


通りすがりの誰かが、ぽつりと「再訪者」の名を口にする。

それらが僕をじわじわと包み込んでいった。


旅を終え、全ての結界がMADOに接続された。

いよいよ世界規模同期の実験の日——

城の中枢室で、最終クロック信号を有効化する。


LEDのように各地の結界が一斉に点滅を始めた瞬間、

画面に現れるメッセージ。


Replaying prior session…


次の瞬間、スピーカーからザラついたノイズ混じりの声が流れた。

「……この回路で、平和は守れる……はずだ」


背中を冷たいものが這い上がる。

息を呑む僕を、周囲の視線が突き刺した。

心臓が、一拍だけ打ち損ねた。


それは紛れもなく——自分の声だった。

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