第2話 FPGAで国が守れるの?

石畳の階段を上り、狭い通路を抜けた先——案内されたのは、半分崩れかけた石造りの……研究室?

いや、この世界でそう呼ぶのが正しいのかはわからないが、少なくとも僕の目にはそう見えた。


冷えた空気の中、机の上に鎮座するのは、金属のリングと光の粒が走る奇妙な装置だった。

曇った金属は触れれば凍るように冷たく、その表面を粒子の光が不規則に駆け抜けていく。

二つのブロック——大型LSIのようにも見える——の間には、モニタのような水晶板がはめ込まれている。

そこに浮かぶ波形は周期がガタガタで、まるでひび割れたガラスの上をノイズが這っているようだった。

かすかな唸りと、時折はぜる火花の音が、部屋の空気に溶け込んでいる。


「これが……南方砦の防衛結界を制御する魔導回路です」

リィナは深刻な顔で続ける。

「この不安定さが続けば、結界は崩壊し、砦は陥落します」


彼女の言葉を聞きながら、僕は一瞬固まった。

(……は? 結界? 砦? なんで電子回路の話からそんな戦国ファンタジーみたいな単語が……)


頭の中で状況を整理しようとするが、水晶板に映る波形が視界の端でちらつき、技術者としての本能が口を挟む。

(いや待て……この周期の乱れ、位相がふらついてるだけだ。PLL突っ込めば……いや、もしかして本当にいけるか?)


僕はリュックからFPGAボードを取り出した。

USB電源ケーブルを探したが、見つからない。

代わりに渡されたのは、小さな魔石。

ケーブルに押し当てると、不思議なことにボードのLEDが点いた。


「……マジで動くのかよ」


Quartus——いや、さっきのMADO Quartus Primeを開き、

即席でPLL回路を書き込む。

信号レベルもわからないので完全にバクチだ。

そもそも、この世界の「魔導回路」にFPGAを直結していいものなのか……?

頭の片隅で警戒が鳴るが、外の角笛の音と、遠くで響く爆発音がそれをかき消す。

試しにボードを二つの魔導回路の間に接続すると——


光の粒が、ぴたりと整列した。


「安定した……!」

リィナが息を呑む。


その瞬間、外から甲高い角笛の音。

泥まみれの兵士が駆け込んできた。


「報告! 南方砦への砲撃が——止まりました!

結界が正常に機能し、敵の魔導弾をすべて弾きました!」


兵士は僕を見て、敬礼する。

「感謝いたします、“再訪者”殿!」


「……いや、たまたま動いただけですよ?

っていうか再訪者って何ですか?」


だが、誰も聞いていない。

部屋は歓声で満ち、僕だけがぽかんと立っていた。


ふと、ディスプレイに視線を戻すと、見覚えのないコメントが現れていた。


// For the day you return.

// Keep the phase locked, no matter the cost.


「……誰が書いたんだ、これ」


頭の奥で、小さな痛みが走った。

眩しい光、同じ言葉を聞く自分、見知らぬ戦場で、今と同じFPGAボードを手にする誰か——


(……なんだ、今の映像……?)

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