FPGAで世界を救うなんて聞いてません!

よしたけ

第1話 プロローグ

その夜、部屋にはディスプレイの光だけがあった。

外は真冬の雨。窓の外を見れば、街灯の光が水滴で滲んでいる。

しとしとという雨音と、ファンの低い唸りだけが部屋を満たしていた。


FPGAのタイミングレポートは、数時間前から真っ赤だった。

クロックは揃わず、Setup violation の文字が何度も並ぶ——信号の到着が間に合わない、

いわば“足並みが揃ってない”状態だ。

このままではとても使い物にならない。


椅子にもたれ、黒縁メガネの奥で目を細める。伸びきった前髪がディスプレイの青白い光を受けて揺れた。

乾いた目を瞬きでごまかし、背中を小さく伸ばす。

進捗バーが静かに消え、最後のリビルドが終わった。全ての行が緑に変わった。


FPGA——中身の配線や回路を自由に作り変えられる、でっかい電子ブロックみたいなやつだ。

それで、山ほどの暗号を同時にぶん回すシステムを作るのが、僕の仕事。


「……よしっ!」


小さくガッツポーズを取ったその時、

見慣れないウィンドウがデスクトップに現れた。


[MADO Quartus Prime]

Welcome back, soma.

[Execute?] Y / N


「……MADO? うちのツールにこんなのあったか?」


——soma。

ネットや開発環境でいつも使っているハンドルネームだ。

画面に表示されるそれを見て、僕——颯真そうまは眉をひそめた。

見覚えのないツールだ。だが自分の名前が出ている以上——確かに、これは僕のマシンで動いている。


目をこすっても消えない。

クリックすれば、何かが始まる——そんな予感だけがあった。


僕は、迷わずYを押した。

キーボードの打鍵音が、妙に大きく——そして不自然に——響いた。


一瞬、部屋の空気が固まったように静まり返る。

耳鳴りのような高い音が広がり、視界の端がにじむ。

次の瞬間、ディスプレイが白く弾け、

世界がぐにゃりと歪んだ——まるで足元の床ごと引き剥がされるように。




視界が戻った時、僕は石造りの床に立っていた。

天井は高く、古びたシャンデリアが淡く揺れる。

目の前には、複雑な紋様——いや、回路図のようにも見える。


ローブ姿の男女がぐるりと取り囲み、中央に立つ少女が一歩進み出た。

銀色の髪が、まるで水面のように揺れる。

背は低く、雪のように白い肌をしている。

その華奢な体躯にもかかわらず、不思議と場を支配するような威厳があった

——その氷のように澄んだ瞳が、僕を射抜く。

その奥に、一瞬だけ安堵のような色がよぎった。


「ようこそ、異界の技術者……ソーマ様」

その少女の声は、確かに僕の名前を呼んでいた。

「あなたの“エフ・ピー・ジー・エー”という技術が、この世界を救うかもしれません」


「……ちょ、待って。なんで俺の名前……?しかもFPGAって

……いや、それ、俺の研究テーマで……っていうか、どうしてそれを知ってるんだ!?」


少女は一瞬だけ視線を伏せ、そして小さく息を整えた。

「私はリィナ。この都市を守る結界術師です」


そう名乗ると、彼女は魔導書のページをめくった。

そこには、なぜか英語と日本語が混じった配線図が描かれている。

VCC、GND、CLK——どう見ても電子回路だ。


リィナは僕の持つ基板をじっと見つめ、細い指でボード上のチップと配線をなぞる。

「これ、“エフ・ピー・ジー・エー”ですよね? これを……私たちの都市防壁に繋げてくれませんか?」


「都市防壁? いや、僕はまだ状況が——」

そのとき、ボードの液晶に新しい文字が浮かび上がった。


ALERT: UNAUTHORIZED MAGIC PULSE DETECTED



僕は顔を上げた。

遠くの空に、赤い魔力の稲妻が走っていた。

空気が震え、胸の奥までそのざわめきが届いた。

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