第41話 篝火
それでも、吉右衛門様は話を続けている。
「・・・いざ目の前の息子を抱いてみると、妖の子を産ませることがだんだん恐くなった。巷ではそういう族もおるとは知っている。愛息子を抱いて激しく後悔した。・・・じゃが、一度交わした契りは消すことができない。もし破れば鶴人は我が家から去り、不幸が訪れる」
両手を頭で覆い話し続ける。目がくぼみ影が濃くなっている。皮が張りついた骨格の凹凸は醜い顔になっていた。
「時期を同じくして、弟の渓太門(ケイダイモン)のところにも息子が生まれた・・・。ワ、ワシはあの日、渓太門の息子が生まれた日、自分でも悍ましいことを思いついてしまった」
太陽が雲に隠れていく。蝉の鳴き声がピタリと止まった――。
「そうワシは、渓太門の息子と自分の息子を入れ替えた・・・渓太門の息子をこの屋敷で育て、実の息子紫哭を離れた分家で育てることにした・・・!」
「な、なんだって・・・?」
「そ、そんなことあるわけがないわっ!!私たちの息子はここにいる蒼蜀でしょう!?私が生んだ子よっ」
「違うっ!!ワシらの本当の息子は、紫哭なんじゃ・・・」
『契り』は絶対だからね。――そう、お母様の声が聞こえた・・・。
「誰にも気づかれずに上手く行っておったのじゃっ!この秘密はワシ一人墓場に持って行く!そう、腹を括っておった。・・・それが今となり、夜な夜なワシの目も前に現れるのだ!!あの鶴人の妖が!!嘘をつき契りを偽ったワシをワシを地獄に落とそうと…ぶはぁっ!!」
突然、苦しむように呻きだした。吉右衛門様の口がくちばしのように尖り、それ以上話せなくなっている。立ち上がろうとした。すると、皮膚を破って枝のような鶴の脚が生えてきた。腕からは鶴の羽が生えもがくように広がった。
「キャァァア」
「うっうがぁぁぁあ」
「と、父さん・・・?」
「あ、あなた・・・」
目の前の醜い男は、もはや言葉すら発することはできなかった。
屋敷の者が、変わり果てた吉右衛門様の姿に騒ぎ立てている。隣にいる若旦那様は苦痛に顔を歪めた。頭を手で押さえながら、込み上げてくる感情に耐えようとしている。
「僕は、妖の子孫を残すために、・・・ここで育てられてきたのかっ!?」
「ガァァア」
「今まで全て隠してきたんですか!?この私にまで!?」
全身が凍り付いていく。足元で平伏す醜い男は、地を這うように私になにかを懇願している。
「お母様を・・・私を騙していたのですか」
「グガァァ!!ガァッ!」
「私利私欲のために、周りをこんなに苦しめて・・・。あなたはその姿のまま、短い生涯を終わらせると良い。それが『契り』を破った者の戒めです」
身が焦がれるほどに憎い。己の野心の為だけに私たちを騙していたなんて。許せない。絶対に許せないっ。壷玖螺など滅びてしまえ―――。
夜のように暗くなった上空から雪が降ってくる。冷たい風が吹き荒れ、辺り一面が吹雪と化していく。雪は氷と変わり、鋭く尖った先で庭を裂いていく。屋敷の者が叫びながら私を怯えた目で見ていた。その中に若旦那様もいる。
そう・・・所詮、妖と人は分かり合えはしない。
雪が竜巻になり、私と吉右衛門を取り囲んだ。手のひらに雪の結晶が少しずつ集まっていく。雪の結晶たちは互いに結合し、やがて鋭く尖った形を成した。それは刀のような氷の剣になっていた。
手にした氷剣を、男の首に向かい振り下した。
「八千さんっ!!」
吹雪の渦に、誰かが飛び込んで来た。この渦に人が入れば無傷ではすまない。構わずに近づいてくる人影。その手が私の手を掴んだ。手首に掛かる組紐が見えた。冷えた身体を抱きしめた。
「ごめんなさいっ」
組紐がぷつりと切れ、私の持っていた氷剣に触れ、パッと砕け散った。
「ほんとにごめんなさいっ。こんなことになってしまって・・・!私がもっと、もっと早くに気づいていれば・・・こんなことにはならなかったのに」
あの組紐は、災いを避けるように祈りが込められている。
蕗子様はそれを今も大切に持っている・・・。肌に離さずにずっと片時も忘れまいとして。故郷のことを、一緒に育った妖のことを。その妖もまた、蕗子様のことを大切に思っている。同じ地で暮らすことは叶わなくても、互いに思い通じ合うことができる。
気づけば荒れ狂っていた吹雪の渦が止まっていた。
「蕗子様・・・ありがとうございます。貴方のおかげで、私は獣にならずに済んだ」
「八千さん?」
――シャラン、シャランと鈴の音が確かに聞こえてくる。
吹雪は止み、灰色の雲からちらちらと雪が降っている。
音がした方を見ると、雪の中から油太郎と仙太郎が現れた。二匹の子狐が持っていた石を叩くとカンカンと響いた。それを合図に大きな赤い門が現れた。
「百音からお告げがあった。迎えに来たよ。八千」
「さぁ、八千。里へ帰ろう」
「「開門!!」」
壷玖螺の屋敷は辺り一面あっという間に雪に包まれている。木々や草花、あの池までもが凍っていく。見上げるほどの朱色門が、ゆっくりと音を立てながら開門した。私はそのまま門に向かった。
門をくぐる途中で一度だけ振り返った。震える若旦那様に向かい、一度だけ頭を下げた――。
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