第24話 瞬き
二人で並んで川沿いを歩いた。町に近づくに連れ、明かりが増えていく。笛や太鼓の音色も聞こえてきた。はぐれないように紫哭様の背中を追いかけていると、人混みの中で足を止めた。無言で手を差し出した。
「はぐれると面倒だ・・・」
「はい」と告げた声が高くなった。紫哭様の手に自らの手を重ねると、優しく握ってくれた。
左右に並ぶ出店に、子供たちだけでなく大人たちもはしゃいでいる。
「あれはなんですか?・・・きんぎょ、すくい?」
店を覗くと、子供が薄い和紙の貼られた網で金魚をすくっていた。真赤な金魚が大きな水の中で揺ら揺らと泳いでいる。捕まえた金魚を茶碗に入れていた。
「どうだいお姉さんやってみるかい?」
「でも私やったことがなくて」
「そうかい、そうかい!ンじゃやってみな!ほれっ」
店主に茶碗と網を渡された。腰を下ろすと、隣に紫哭様も腰を下ろした。わずかに肩が触れた。
「ど、どれがいいのでしょうか」
「どれも同じだろう」
「ええ、そんなことないですよ。赤が濃かったり、白い斑があったりとみんな違います」
「じゃ、どれがいいんだよ」
「えっと・・・。この子!この子にします」
赤色の金魚に狙いを定めた。水の中に網を入れ、狙った金魚目掛けて引き上げた。
「あっ!」
「ぷっ」
「破れてしまいました」
「下手過ぎ」
口元を隠しながらクククッと喉を鳴らしながら紫哭様が笑っている。初めて見る笑い顔に、胸の奥がドクンと跳ね上がった。
「む、難しいです。私には無理そう・・・」
「貸してみな。」
私の手元から網を取ると、紫哭様は私が狙っていた金魚を簡単にすくいあげた。
「すごいっ!」
「次は?どれがいい?」
「あっ・・・え、と。この黒い子が良いです!」
「黒?さっきは赤だっただろう」
「だって黒は紫哭様の色ですから。仲良く泳いでいる姿を見たいです」
紫哭様は目を丸くさせると、慌てて顔を反対側に背けた。
「紫哭様?どうし」
「・・・八千が可愛いこと言うから」
「ったく」と短く息を吐くと、その顔を赤くなっている。
わっ私、変なことでも言ってしまったんだろうか・・・。紫哭様の表情に私まで顔が熱くなっていく。
紫哭様は黒い金魚も簡単に取ってくれた。
屋敷に帰ったらお梅さんに金魚鉢を出してもらおう。二匹の金魚が泳ぐ姿を想像してみた。
「八千」
神社の石段で花火を見上げていると、紫哭様がかき氷を手に戻って来た。
さっきすれちがった娘たちが食べていた、桃色や黄色、小豆のった冷たい菓子――。その見慣れない食べ物が『かき氷』なのだと紫哭様に教わった。
「うわぁ、美味しそう。ありがとうございます」
氷の冷気が周りをひんやり温度を下げている。口に含むと、冷たい甘みが広がった。
「上手いか?」
「はい。とっても美味しいです。・・・あれ?紫哭様の分は?」
「俺はいい」
「でも・・・」
かき氷と紫哭様を交互に見ていると、紫哭様が私の腕を掴んだ。そのまま氷を口に運んでいく。
「えっと、あの・・・、あの」
突然の出来事に金魚と同じように口をパクパクしてしていると、紫哭様がまた肩を上下にしながら微笑んだ。紫哭様の瞳に私が映り込んでいる。
抑え込んでも溢れてくる感情に満たされていく・・・。楽しくて、あっという間に時間が過ぎていく。削られた氷と同じ。あっという間に形を持たない水へ溶けていく。
花火も終わり、気がつけば石段に座っていた人々もいなくなっていた。
「今日はとても楽しかったです。屋敷に初めて来た日のことを思い出しました・・・。見る物全てが新鮮で、ついはしゃいでしまいました」
「なら、良かったな。ジジィにもそう言っといてくれよ」
「はい。そういえば吉右衛門様は泣き上戸なんですね。先ほどは驚きました」
「・・・俺も初めて見た」
「そうなんですか?」
紫哭様が立ち上がり、そろそろ帰るかと告げた。なぜか袖口を掴んでしまっていた。紫哭様が少し驚いた様子で私を見下ろしている。でも、一番驚いているのは私自信だった。
「どうした?」
「も、もう少しだけ・・・紫哭様と一緒に居たいです。だめ、・・・でしょうか」
再び座り直すと、紫哭様がぐっと顔を寄せてきた。膝に置いていた手を、包み込むように握られると、息が出来なくなるほど胸が締め付けた。
「そろそろ、蒼蜀が帰ってくる・・・」
「はい」
「いいのか?」
そういいながら、紫哭様は唇を重ねた――。
「んっ・・・」
「八千」
互いの熱が溶けあうように、深く唇が重なっていく。
このまま、時間が止まってくれればいいのに・・・。
そんな浅はかな望みを抱いた。隣で二匹の金魚がだけが、涼やかに泳いでいる。
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