第16話 箱罠
上段の引き出しから、和紙の包紙が飛び出ている。とっさに上段を開けた。
「・・・っない」
引き出しを開けると、しまっておいたはずの牡丹の髪飾りが見当たらない。慌てて中身を全て出した。隣の引き出しやその隣の引き出しも同じように物を全て出した。
なくなってる。ここにしまっておいたのに。どうして・・・!?
部屋を見渡すと着物がしまってある和箪笥が目に留まった。もしかしたら、と思い立ち上がろうとすると、廊下から若旦那様の声が聞こえてきた。
「八千さん、てぬぐいはありましたか?」
そ、そうだったわ。先に雪華さんのてぬぐいを・・・。引き出しを開けると、同時に障子も開いた。二人の視線が部屋の中にいる私に注がれた。
「や、八千さん?」
手にしたのは、ずたずたに切り刻まれたてぬぐいだった。すくいあげると薄墨桜のてぬぐいは、はらりと二つに分かれ、片方が畳に落ちていく。
頭が真っ白になった――。
「そ、それは私の、私のてぬぐい・・・。ひっひどい!」
雪華さんが若旦那様の胸に飛び込んだ。若旦那様の手が震える彼女の背中をさする音が、震える声と混じって聞こえてくる。
「違います・・・!私はこんなこと・・・。い、今引き出しを開けたらこの状態でした」
「とっても大切にしていたのにっ。あんまりだわ八千様・・・」
「違います!それに・・・私の髪飾りも、牡丹の髪飾りもなくなってます!ここに確かにしまっておいたのに」
「髪飾り?八千さんの?」
「うぅっ……」
「雪華・・・大丈夫かい?一旦部屋に戻ろう」
若旦那様は雪華さんの肩を抱えると部屋へと向かった。雪華さんが袖口で涙を拭う仕草をした際に、はらりと糸くずが落ちた。それは、裂けた布と同じ薄墨色をしていた――。
追いかけたい気持ちもあったが、髪飾りを優先した。
でも、どこを探しても牡丹の髪飾りは見つからない。どこか別の場所にしまったのか思い返してみるが、やっぱり記憶になかった。
それに、雪華さんの袖口から落ちた布端。あれは・・・。もしかして――と顔を上げると、障子の向こう側に人影映った。
「八千さん、少しいいですか?」
若旦那様は障子を少しだけ開け、部屋の様子を伺っている。和箪笥の中身を出したせいで、足の踏み場がないほど散らかっている。片付けるにも、片付け方がわからない。お梅さんに手伝ってもらおうか。
部屋の中で動けずにいると、若旦那様をそれをかきわけて私の前に腰を下ろした。
「僕は、八千さんがあんなことしたなんて思ってませんから」
ピンと背筋を伸ばし正座をする若旦那様の視線は、真直ぐに私へと向けられていた。私は視線を受け止めきれず、空になった引き出しに視線を落とした。
「今朝も妖の騒動がありました。おそらくそいつの仕業でしょう。・・・だから、もうそんな顔はしないでください」
張りつめる空気の中で、梟の鳴き声だけが聞こえてくる。
「貴方には笑っていて欲しい」
「わか、だんな・・・さま」
「髪飾りも明日、探しましょう」
「すみません・・・せっかく若旦那様からいただいた物なのに」
「八千さんが謝ることではありません」
「・・・あの牡丹の髪飾り、とても…とても気に入っていたのに」
「確か僕と最初に会ったときに、差し上げたもの・・・でしたよね?」
小さく頷いた。夏に入りかけた空気は、湿度を含み胸の内を更に重くさせる。若旦那様に背を向け、空になった鏡台の引き出しを閉めた。
「な、なに、あれくらいならまた作ればいいですから」
「・・・本当ですか?」
ようやく私が顔を上げると、緊張の糸が切れたように若旦那様の両肩がわずかに沈んだ。眉毛を下げながらにこりと微笑んでいる。
「今日、紫哭と話している八千さんを見て少し驚きました。屋敷ではあんな風に笑っていなかったので・・・こういう顔もされるんだなって。恥ずかしいですが、嫉妬したんです。僕はまだ、八千さんのことなにも知らないんだと」
「そんなこと・・・」
「少しずつでいいんです。少しずつ、お互いを知っていきましょう」
若旦那様の言葉に、私は頷くことしかできなかった。
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