第14話 怪奇


「騒がしいようですが、どうかしましたか?」

「わっ若旦那様!それが・・・生魚や生肉が食い荒らされていて」


 背中越しに見えたのは、無残に食い荒らされていた肉血や魚の残骸。生臭さが漂っていた。


「数週間前にもあったんですよ!ほら見て下さい」

「わっ・・・これは酷いな。届け出は?」

「それが・・・」


 女中と使用人が顔を見合わせなががら、言い難そうな素振りを見せた。


「蕗子様がこれくらいのことで公にするなと」

「母さんが?」

「ちょっと!朝から何事です!騒々しい」


 その場の空気を切り裂くような声がした。荒々し足取りで現れたのは蕗子様だった。目を吊り上げながら、台所へ入っていくと若旦那様もその後に続いた。

 私はどうすればいいかわからず、その場から中の様子を伺った。肉や魚ばかりで野菜や果物には一切手が付けられていない。


「蕗子様。やはり、届け出をした方がよろしいかと・・・先週もこのようなことが」

「どうせ猫でも入ったのよ。貴方たちの管理不十分です」

「ですがっ」

「なにをぼさっと立っているの!すぐに片付けなさいっ」

「ああぁ……妖じゃねぇーですかい?」


  下男が声を震わせながら言うと、周りにいた者たちの顔も急に青ざめ始めた。


「こんな生ものばっかり食べるなざ、人じゃねぇーですぜ」

「あ、妖・・・?」

「まさか・・・」

「でも、そうかもしれない。こないだだって生肉ばかり」


 その発言を皮切りに同調していく声が広がっていく。神社に行き清めてもらうとか、どこぞの巫女様の評判やらと話が飛躍していく。


――『人は不可解なことがあると、妖のせいにしたがるんだよ』


 息を潜めるように浅い呼吸を繰り返していると、紫哭様の言葉が頭の片隅で過った。


「馬鹿馬鹿しい!無駄口を叩いている暇があったら、さっさと片付けなさい」

「・・・は、はい」

「申し訳ありません」


 蕗子様が廊下に出て来ると、私の前で足を止めた。恐る恐る見上げると、睨みつけるような鋭い視線を向けていた。

 どうして、蕗子様はこのような冷徹な目を私に向けるのだろう。もしかして、疑われている・・・?まさか、そんなこと。

 余りの威圧感に、視線を落とした。すると、蕗子様の手首に組紐が巻かれているのに目が留まった。

 あの組紐・・・。 

 蕗子様は私が組紐を見ていることに気がつくと、サッと隠すように着物の袖を伸ばした。


「母さん!やっぱり届け出をした方が」

「よしなさい。蒼蜀。そんなことをして店に知れたらどうするの」

「でも・・・みんな怖がっているし」

「在りもしないことを恐がってどうすですか、見苦しい。・・・蒼蜀、貴方はこの家の当主になるのですよ。そんなことでどうするの」


 肩をいからせながら蕗子様は、台所を去っていく。台所では、後片付けをする女中の姿があった。その傍らで、下男が手を合わせてなにやら念仏を唱えている。


「八千さん、大丈夫?」

「あっはい・・・。平気です」


 蕗子様の背中を見つめていると、若旦那様は少しだけ息を吐いた。


「いつもは優しいんだけどね。厳しい人でもあるから」

「いえ、その・・・蕗子様、組紐を付けていらっしゃるのですね」

「ああ、昔からつけているんだよ。なんでも、大切な友人に貰ったとかで。組紐がどうかしましたか?」


 私は首を横に振った。

 ・・・あの組紐は間違いなく妖が織った物。

 昔、故郷の森に猿族(エンゾク)という妖が訪れたことがあった。そのとき、災いを跳ね返すという組紐をくれた。蕗子様がつけていたのはその組紐。

 ――でも、なぜ蕗子様が?


 誰もいなくなった廊下を振り返った。騒がしかった朝の廊下は、徐々に静けさを取り戻しつつあった。

 玄関から若旦那様の声がしたので、私は慌てて後を追った。

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