第13話 陰惨

「八千様はこういうお着物も、良く似合いますね」

「ありがとうございます。若旦那様が用意して下さったものだから、さすがですよね」

「然様でございますか。この辺りの柄は珍しいから、きっと紫哭様が仕入れて来て下さったんですね」


 お梅さんが長襦袢の上から秘色の着物を掛けながら、うんうんと頷いた。しっとりと肌に吸い付くようななめらかな肌触りの着物だった。


「仕入れは紫哭様がされているんですか?」

「もちろん若旦那様もなさいますよ!でも、紫哭様の方が目が利いていますからね。紫哭様が仕入れたものはすぐに売れるんですよ」


 腰骨の位置でぎゅっと腰紐を縛ると、お梅さんは着物の合わせを念入りに見ている。

 確かに珍しい柄と色なのは、私でもよくわかる。着てみるといつもの着物よりも軽くて動きやすく感じる。 


「あの若旦那様と紫哭様は・・・その、仲が・・・あまりよろしくないんですか?」


 お梅さんは目を丸くして私を見た。


「とんでもございません!子供の頃から、それはそれは仲がよろしいですよ。梅は幼少期よりずぅーとお二人を見てきましたからね」

「そ、そうですよね。変なことを聞いてしまってすみません」

「誰か、そのようなことを言われたんですか?」

「いえ・・・」


 お梅さんは、おはしよりを整え終えると、孔雀青の帯を手に取った。

 普段は自分で着付けをするけど、紫哭様の手伝いをするときはお梅さんが手伝ってくれる。蕗子様に着崩れた姿で客の前に立つのは恥だからと言われたから。相変わらず蕗子様は私に対して厳しい・・・。


「あまり周りに振り回されてはいけませんよ。八千様」

「はい」

「・・・確かに、そういう噂が一時期あったのは事実です」


 帯を結ぶために背後に立った。そして少しだけ声を潜めて話し始めた。


「いずれ耳に入るやもしれませんから、梅が先に言っておきますが・・・紫哭様の方が当主に向いておられると、店の者は口々に申しております」

「えっ・・・?」

「もちろん。若旦那様が向いていないとは申しませんよ。ただ、比べる相手が悪い・・・。紫哭様はなにをやらせても器用な方なんです。吉右衛門様は、紫哭様が早くにご両親を亡くされたこともあり、息子同然のように可愛がられていました」

「・・・そうだったんですね」

「そのせいもあってか二人は色々と比べられる対象にでした」


 お梅さんは不憫そうに目を細め、大きく息を吐いた。


「・・・そのことで若旦那様も相当、悩んだ時期もあったようです。だからこそ、紫哭様は本家を離れ、ご自分の店をお出しになったのです」

「私・・・なにも知らずに、勝手に店の手伝いを」

「いいんですよ八千様はそれで!今のは昔の話しですから」

「でも・・・」

「周りがなんと言おうと、若旦那様は本家の血筋で紫哭様は分家です。次期当主が若旦那様のことは変わりありません。八千様は若旦那様と、蒼蜀様と夫婦になるのです。胸を張って下さいまし」


 着付けを終えると、お梅さんは花瓶の水を変えに外へ出て行った。

 雪華さんが昨日言っていたのは、そのことだろうか・・・。

 でも、お梅さんが言う通り。――私と若旦那様が夫婦になることは、なにがあろうと揺るがない契り。


□□□


 お店の手伝いに出かけるために若旦那様と部屋を出た。

 台所の前になにやら人だかりができていた。女中さんや使用人が眉をひそめながら、ざわついている。


「やだっまたなの・・・!?これで何度目かしら」

「泥棒の仕業?」

「ここにはもっと高価な物があるのになんで」


 若旦那様と顔を見合わせた。青ざめる女中に若旦那様が声を掛けた。その表情に私は台所の中に目を向けた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る