第2話
ユキノと生活を始めてから一週間くらい経った。彼女との生活にも慣れてきた。最初は猜疑的な気持ちが強かったが一緒にいるうちに心は絆されていったみたいで、気づけば彼女がいないとそわそわしてしまうほどになった。我ながらちょろいな、とは思うが現にそうなってしまったんだからしょうがない。
「ただいまー!」
玄関の方から明るい声が聞こえてきた。
「おかえり、荷物持つよ」
「ありがと〜。じゃあ、こっちの方お願い!」
ユキノが買ってきたものをしまい、手洗いを済ませた彼女のもとに駆け寄る。
「ユキノ、その箱は何?」
「これね、じゃじゃーん!」
落ち着いた色の箱の中から三種類ほどのショートケーキが出てきた。
「え、今日何かあったっけ?」
「もーハルナちゃん、クリスマスイブだよ!今日は」
「え」
忘れてた。不登校やってるとそれとなく日付感覚は無くなっていくけど、クリスマスを忘れるほどとは。
「その感じだと......多分忘れてた?」
「そうだね......やけに帰ってくるの遅いなって思ってたけど」
「もー」
そう言いつつ、彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。私が好きな彼女の表情だ。
「さ!晩御飯作ろっか!」
「ええ」
最初に彼女が来た日以降、料理はほとんどハルナが務めている。気になってその訳を聞くと「ハルナちゃん、料理はできるけどほとんど味の濃いものとかジャンキーなものばかりでしょ〜?」と言われ、私は椅子に座ってる係に任命された。
「ハルナちゃん」
「うん?」
「今、楽しい?」
「ええ、まあ楽しいけど、急にどうしたの」
「だって、ハルナちゃんすごい良い顔してるもん」
「え」
そんなに?確かにユキノが来てから意識はほとんど彼女に向いているけど、見ればわかるくらいなの?やばい、めっちゃ照れる。
「だって、ユキノといるの、楽しいもん」
半ば照れ隠しでぼそっと言った。
「え、そりゃあアンドロイド名利に尽きるよ〜」
......全然聞こえてたけど。でも、そう。彼女はアンドロイドだ。彼女はあくまで私を補助するために贈られてきただけで、友達でも、親でもない。言ってしまえば使役する、されるの関係でしかない。そんな相手にここまで心を許してしまってもいいのだろうか。そうなるように作られている相手に、本当に感情とか、気持ちってものがあるのだろうか。
でも、台所で楽しそうに料理を作っている彼女を見てると、そんなことはどうでもいいと思えてしまう。彼女と過ごしてきた時間は本物だ。それだけは間違いないと思う。
「ハルナちゃん?」
「え?」
「もー、ぼーっとしてた?お料理、もうできたよ」
「ごめん、ちょっと考えごとしてて」
テーブルの上には、サラダに骨付きチキン、そして大皿に乗ったグラタンとどれも美味しそうだった。
「じゃ、食べよっか!」
「ええ、いただきます」
「召し上がれ〜」
彼女は今日も何も食べない。当然だ。アンドロイドだから。思えば最初に来た日もそうだった。彼女は柔らかい笑みを浮かべて、私が美味しそうに食べるのを正面から眺めている。彼女と味を共有することはどうやってもできない。同じテーブルの反対側に座っている彼女と、急に隔たりを感じた。
「......美味しくなかった?」
「いや、美味しいよ。どうして?」
「ハルナちゃん、少し暗い顔してたから」
彼女はなんでも見通してくる。わかりやすく変わった表情から、わずかな感情の変化まで。
「私ね」
「うん」
「最初はあなたのこと、ううん。親のこととか、学校に通ってた時の周りの人のことも信頼してなかった」
「だけど、ユキノと一緒にいて、誰かと一緒にいるのも悪くないなって、思ったの」
「うん」
「だから、今食べてるもののことを共有できないことって、すごく寂しいなって」
「そう、そうなんだ」
そう言ってユキノは急に椅子から立って、こちらに来て手を優しく握りしめた。
「確かに、私はハルナちゃんたちとは違う」
「でもね、そう思ってくれてるだけでも私はすごい嬉しいの」
「私だって、ハルナちゃんと一緒にご飯食べたいよ。でも叶わないからさ」
そう言った彼女の顔からは今まで見たことのない、悲しみの感情を纏っていた。
「......こうして見ているだけでいいの。それが私にできることだから」
「でも」
「大丈夫だよ。ハルナちゃんが悲しむ必要ないよ」
「それにね、私のしたことで誰かが喜ぶのが好きなんだ。だからね、そんなこと気にしないでハルナちゃんは笑顔でいてほしいな」
「お願い」
「......わかった」
ユキノは椅子に座り直して、私も少し冷めたグラタンを口にした。美味しかったけど、少し塩っぽい味を感じた。
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