冬の桜と雪

月乃にや(旧HN桟敷匙)

第1話

 雪がしとしと降り積もる冬の朝。冷えた部屋の空気を感じながら起き上がり、まず目に入ったのはベッドと同じくらいの大きさの段ボールだった。のほほんとした顔の猫のぬいぐるみやパステルな色の家具が窮屈そうにどかされてその真ん中に鎮座している。


 私の両親は俗に言うアンドロイドを製造している会社に勤めていて、側面にはその会社のロゴが箱に書いてある。さらに上に手紙が置いてあり、「メリークリスマス、ハルナ。一足早いけど、今年のプレゼントだよ」と簡素に書いてあった。ハルナというのは私の名前だ。両親は会社ではそこそこ偉い人らしく、おそらく試験か何かの為に送ってきたのだろう。


 簡単に言えば私は不登校の中学二年生だ。クラスに馴染めず、周りも関わろうとしない。一年の頃はなんとも思わなかったが、だんだんと周りの人が信頼できなくなってそうなった。親も仕事が急がしいのを建前に、何も無かったはずなのに学校に行かなくなった私の扱いに困っている。だから、そんな人間たちに作られたアンドロイドも信頼できない。というか、周りの人もこんな私のことは信頼していないだろう。


「とりあえず......開けるしかないよね」


 あまり気は進まないが、机に手紙を投げ置き引き出しからハサミを取り出し気持ち丁寧にダンボールを開ける。緩衝材を取り出すとそこには綺麗な女の子の顔をしたアンドロイドがかわいらしい服を着てそこにあった。思わず息を呑むが、気を取り直して一緒に入っていた説明書を眺める。


 おおまかな中身としては、このアンドロイドの名前はAD-1500といい、私のような中学生くらいの子供の手助けをするモデルの試作型らしい。このAD-1500の左手に少しの間触ると自動的に起動するみたいなので少し気が引けるが触れてみる。その手は寒さで冷えているが、人間と変わりのないやわらかな触感にどこか虚しさのような感覚を抱いた。どのくらい触れたらいいのかわからないので、とりあえず五秒くらいして手を引くと、AD-1500は起き上がった。


「初めまして!私はAD-1500!」

「あ、ど、どうも」

「あなたの名前は?」

「さ、桜井ハルナ」

「ハルナさんだね!早速だけど、説明書は読んだかな?」

「え、ええ」

「ならよかった!じゃあ、私の名前をつけてくれるかな?」


 名前。説明書をばーっと読んで、勢いで起動したから考えてなかった。えーっと。


「雪......ユキノ」

「ユキノだね?わかった!」


 思わず目に入ったものの名前から取ったが、なんとなくこのアンドロイドに似合うと感じたのでこのままでいいだろう。


「早速だけど!このおうちのことを教えてくれるかな?」

「いいけど、まだ起きたばっかりで」

「あ!ごめんごめん!じゃあ私はここで待ってるね」

「ああ、別に勝手に見てていいわよ。両親の部屋は入っちゃダメだから、そこ以外なら」

「わかった!じゃあ見てくるね!」


 ......起動する前は深窓の令嬢、なんて言葉が似合いそうな清楚さがあったけど、明るい。あと押しが強い。そんな感じだからか普通に言葉を交わせたけど。ここ半年は学校に行っておらず、両親以外と話す機会がなかったので、自分でも少し驚いている。正直、家でくらい一人で居たいが自分に対して加害性のある存在じゃないだけマシか。顔を洗ったりして、色んなことを思いながらリビングに行くとユキノはこれまたかわいらしいエプロンをつけ料理をしていた。


「あ!ハルナさん!キッチン使ってて大丈夫だった?」

「別に大丈夫だけど......そのエプロンどうしたの?」

「これ?私と一緒に同梱されてるやつだよ」

「そうだったの、気づかなかった」

「さあさあ座ってて、もうすぐできるから!

「......ありがとう」

「どういたしまして!」


 ......なんか、ここまでいい子だと何もしてないのに申し訳なさを感じる。ユキノはにこにこしながらテキパキと料理をこなし、気づいたら全て作り終えていた。


 そうして出された朝食はご飯と味噌汁とほうれん草の煮浸しだった。見た目も完璧と言って差し支えないもので、思わずお腹が鳴ってしまって恥ずかしかった。


「いただきます」

「どうぞ〜」


 最初に口にした味噌汁は濃すぎず薄すぎずちょうどいい味で、それ以外の物もとても美味しかった。


「美味しいよ」

「そう、ならよかった!」


 ユキノはニコニコしながらこっちを見たりしている。なんとなくだけど、私も笑みがこぼれているんだろうなと思う。そのくらい美味しかったし、なんだかずっと胸の奥がぽかぽかしていた。


 「ごちそうさま」


 全て食べ終えて、食器を下げる。片付けもユキノがやろうとして私がやるよ、と言ったがその圧で押し切られ、とりあえずリビングに戻った。


 ユキノ。彼女が人間に安心感を与えるように作られているのはわかっているけど、姿が人間、それもかわいらしい女の子というだけでこんなにも安心するものなのか。でも、ユキノもこんな私に愛想をつかすか、私が信頼できなくなって関わらなくなって親の元に送り返すなりして終わるだろう。いつもそう、だけど。


「終わったよ〜!」

「ありがとう」

「で、今日はこの後どうするの?」

「そうね......本でも読むから自由にしてていいわよ」

「そう?わかった!あ!一通り全部見たけど、この家の設備に慣れておきたいから、今日の家事は全部私に任せて欲しいな!」

「わかった」

「じゃあ、洗濯するから洗濯物があったら出しておいてね〜」

「ええ」

「あ、それと」

「何かしら」

「これからよろしくね!ハルナちゃん!」

「ええ、よろしく」


 ちゃっかりちゃん付けで呼ばれたけど悪い気はしない。ユキノの柔らかな笑顔を見ているとなんとなくそう感じた。

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