第2話「騎士様を探して」
「なるほどねぇ。助けてくれた騎士様に、お礼がしたい……と」
「はいっ!」
依頼を口にするのは少し照れくさかったがナナは思い切って言った。
街で酔っ払いに絡まれていたとき、颯爽と助けてくれた騎士様。その人にどうしてもお礼を伝えたい――それが願いだった。
「その騎士の顔は、覚えているんですか?」
ティアリの問いに、ナナは少し申し訳なさそうに目を伏せた。
あの時は怖さで俯いてしまっていて、顔など全く分からなかった。
「いえ……全然分からないんです」
「それは……なかなか難しいなぁ」
ライラが無邪気に笑いながらナナを見つめる。
パッと花が咲くような笑顔。
けれどその瞳の奥に何か捉えどころのない影が揺れているような気がして、ナナは言葉を失った。
「うーん……顔が分からないとなると、何か手がかりがないと難航しそうだね……」
ライラが机に肘をついて頭を悩ませている。
その様子にナナがふとポケットを探った。
「そうだ、あの時……!騎士様、ハンカチを落としていかれたんです! これ、手がかりになりませんか?」
そう言って取り出した布切れに、3人の視線が集まる。
それはごく普通のものではなかった。
繊細で華やかな刺繍、上質な糸の縁取り。目にするだけで高価だと分かる品だ。
「これは……おそらく特注品ですね。店の見当さえつければ手がかりになるかもしれません」
ティアリが確信を持って言う。
その言葉にナナの胸がぱあっと明るくなった。
「よしっ! そうと決まれば、今から街へ行って聞き込み調査開始だ!」
ライラが勢いよく机から立ち上がる。
その元気さに、ナナはつられて体を起こした。
――
「それにしても……どうやって聞き込みをするつもりなんですか?」
ティアリの落ち着いた声に、ナナもおもわず首を傾げる。
……確かに、店を見つけたとしても贈り物だったら持ち主までは辿れないし、そもそも店側が教えてくれるとは限らない。
「うーん、魔法が使えたら探知魔法とかで見つけられるんだけどなぁ。でもああいうのって貴族しか使っちゃ駄目なんでしょ?」
「"駄目"っていうか、貴族しか"使えない"んですけどね……体質的に」
「……あ、そっか!そもそも私たち使えないんだった」
てへっと舌を出して笑うライラ。その姿にナナはふと小さな違和感を覚える。
……どうして、そんな当たり前のことを忘れていたのかな?
だがライラがぱっと明るく笑い返すと、その疑問は霧のように薄れてしまった。
「まあ、足で探しましょ!根気が勝負!」
「……それもそうですね」
ティアリが苦笑まじりに応じた。
「それにしても誰に聞きましょう?」
ナナが考え込むと、ライラが突然顔を輝かせた。
「やっぱり、騎士団の人に直接聞くのが一番よね!」
その一言の直後、ライラはナナの手からハンカチをひょいと受け取り、ためらいもなく駆け出していった。
「ら、ライラさん!? 行っちゃいました……!」
ぽかんとしたナナの隣ででティアリは血の気の引いた顔でライラの進行方向を凝視していた。
「え、ティアリさん、大丈夫ですか……?」
「ナナさん……走るの、早いほうですか?」
「え? ええ、まあ、運動はそこまで苦手じゃないですけど……?」
ナナが首を傾げながら答えると、ティアリは顔面蒼白のまま、作り笑いを浮かべた。
「それは安心です。おそらくですが……数秒後には全力疾走することになるので、軽く準備運動でもしておいてください。」
「え……?」
ティアリの視線を辿って、ナナも恐る恐る見てみる。。
その瞬間、ナナの表情も引きつった。
ライラが、街の巡回中だった騎士団の制服を着た二人組に駆け寄り、大きく手を振っていたのだ。
「すみませーん! このハンカチを持ってる方、知りませんかー!?」
まるで市場で果物の値段でも尋ねるような調子で、ライラは屈託なく声をかけていた。
「え、あの人たちって……」
ナナが震える声で問うと、ティアリは一瞬目を閉じ、何かを覚悟するようにゆっくりと頷いた。
「……腕章の色からして、あれは団長と副団長でしょうね……」
その瞬間、ナナの顔が青から白へ、すぅっと血の気が引いていく。
まるで命の灯火が消えかけていくようだった。
――
騎士団――それは平民でも貴族でも、試験に合格すれば所属できる名誉ある存在。
だが、「ただの騎士」と「団長・副団長」では天と地の差がある。
高位の騎士たちは、貴族すら一目置く重鎮。
そんな相手に、一般市民が無遠慮に話しかけるなど、常識ではありえない。
下手をすれば“不敬罪”として処罰対象になることすらあるのだ。
---
「ら、ライラさん……何という無自覚爆弾……!」
ナナが口に手を当て震えながら言った。
その横でティアリが眉間を押さえ、深いため息をついていた。
「……本当、魔法より危ない気がするんですけどね?……あの無鉄砲さ」
ティアリは深々とため息をつきながら、そうぼやくのだった。
そして次の瞬間――ティアリの予想通り、街の空気が一変したのをナナは肌で感じたのだった。
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