封印の魔女は運命を紡ぐ
葉牡丹
序章 フィオーレ
第1話「扉の向こう」
この世界には魔法がある。
――ルミナス王国もまた、その光に包まれていた。
だが魔法は、選ばれた血にしか宿らない。
王族や貴族だけが持つ、限られた特権。
けれど昔、この国には「誰もが魔法を使える世界」を夢見た王国があったという。
その名も記録も消え、存在すら忘れ去られたが……。
深い森の奥に眠る遺跡で、夜風は囁く。
――「我らはまだここにいる」と。
忘れられた者たちが、静かに目覚めを待つように。
――
最近、何度も同じ夢を見る。
ぼやけた輪郭の誰かが、そっと私を覗き込んでくる。
髪を低い位置でまとめた、淡いピンク色の髪の女性。
見覚えはないはずなのに、どうしてだろう――懐かしい気がした。
その人は、静かに私の名前を呼ぶ。
――「ライラ」
それだけの夢。
なのに目覚めるたび、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
まるで、自分の一部が――まだ知らない誰かを待っているような、そんな感覚。
夢の余韻が残る中、ふと耳に残る“声”があった。
確かに目を覚ましているはずなのに、それはまだどこか、現実の境目に留まっている。
「探して……」
誰かの切実な祈りのような声だった。
風に揺れるカーテンの向こう、朝の光が差し込むその瞬間。
物語は、もう一人の少女へとーー。
――
この街の外れには、「何でも屋」がある。
猫探しに始まり、店の手伝いや護衛、時には裏の仕事まで――。
本当に“何でも”引き受けると評判で、街では有名だった。
ナナは地図を手に、周囲をキョロキョロと見渡しながら歩いていた。
「……フィオーレ」
木製の看板を見つけ、視線を上げる。
小さな家は、草花に囲まれ、右手の湖が静かに光る。
まるで、童話の中の家のようだった。
ナナは思わず、わぁっと小さく感嘆の声を漏らす。
フィオーレの扉の前に立ったナナは、ノックしようとしてはやめるのを何度も繰り返していた。
「優柔不断ね」と母によく叱られるのは、きっとこういうところなのだろう。
けれど、しばらく迷った末に、「……一体自分は何をしにここまで来たのよ」と小さくつぶやき、意を決したように扉をコンコンと叩いた。
「あのっ、すみません! 依頼をしに来たんですけど!」
慣れない大きな声でそう叫んだが、返事はない。
聞こえなかったのかもしれないと、もう一歩近づこうとした、そのとき――
ガチャッ。
勢いよく扉が開き、ナナの鼻にゴツンとぶつかった。
「いっ……たた……っ」
鼻を押さえ、涙目で見上げると、ドアを開けた女性が慌てて手を伸ばしていた。
年は18か19ほど。黒髪をお団子にまとめ、整った顔立ち。
「すみません、大丈夫ですか?」
その落ち着いた声にナナは思わず、見惚れてしまっていた。
そんなナナの様子に、女性は少し戸惑ったように口を開く。
「あの……ご依頼、ですよね?」
はっとしたナナは、ぽかんと開いていた口を慌てて閉じた。
「はいっ、そうです!」
「でしたら奥へご案内します。こちらへどうぞ」
---
案内された部屋。大きな窓を背に、ひとりの少女が机に突っ伏して眠っている。
「ライラ様、お客様がいらっしゃいましたよ」
肩を揺すぶられ、ライラと呼ばれた少女は「ん〜……」と小さく唸りながら目をこするが、なかなか顔を上げようとしない。
何度目かの呼びかけでようやく目を覚ましたようだった。
ナナと目が合い、「あら」と、にこりと笑みを浮かべる。
「あなたが今回の依頼人さんね!」
少し幼い印象を受けるライラ。
淡いピンク色の髪と瞳。
よいしょと立ち上がった拍子に、深紅の花の髪飾りをつけたボブカットの髪がふわりと揺れた。
「私はライラ。よろしくね!」
ライラはスカートの裾をつまみ、胸に手を当てて優雅にお辞儀をする。
隣の女性も静かに頭を下げる。
「先ほどは失礼しました。ティアリと申します」
窓辺から差し込む光が、ふたりをやさしく包む。
(この人たちになら、きっと頼れる……)
ナナはそう感じ、改めて姿勢を正し、少し緊張しながら口を開いた。
「ナナといいます。あの……今回お願いしたいのは、人を探してほしくて……!」
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