月刊誌「新都会」昭和十二年(1937年)五月号掲載 読者投稿欄

 今回、この雑誌が募集してゐた、私のエロ・グロ體驗たいけんふ題材にたいして投稿するにあたつて、つい三週間ほど前に本當ほんとうわけの分からぬ經驗けいけんをしたものだから、ここに一寸ちょっと書き込んでいく。

 私はかつて、京都のとある集合住宅の一室に住んでゐたのであるが、この話をするにあたつてはづ、そこの集合住宅の大家について話さねばならない。

 大家は四十六の壮年の男で、その妻には大層、歳の離れた二十二歳の妻が居た。

 そんな妻はとふと、男とは戀愛れんあいでも何でもなく、極ありふれた見合いで結婚したに過ぎなかつたから、大層、この大家の男にたいしては冷たい感情を抱いてゐた。

 彼女は私にたいしてかう言つた事がある。


「本ッ当にいやよ。あの人は……。ブクブク太ってダラシナイ上に、酒ばつかり飲んでまとまに仕事なんてしやしないんだから……ああ、イヤだイヤだ…」


 そして彼女は、現代に於ひて女子の美德として扱われてゐるお淑やかさとはマッタク反對はんたいの方向にゐた。

 彼女のその内奥には大きな大きな慾求よっきゅうが渦巻いており、常にその吐け口を求めてゐた。

 そのためか、自分の夫の目に縛られてゐたその時の夫婦生活にたいしては大いなる不滿ふまんを持ち、なおかつ早くそれから抜け出したがつてゐるやうだつた。

 そしてそんな彼女の大いなる慾求不滿よっきゅうふまんは最終的に彼女を背德行爲はいとくこういに至らしめる所以ゆえんとなつた。

 ある日、彼女は自分の夫が繁華街に遊びに行つている隙を見計らつて、私が住む一室にやつて來た事があつた。

 彼女が來た事にたいして驚きつつも私は、大家の妻の手前とふ事で部屋に入れた……が、果たしてそれが彼女の暴走の走りとなるとは思ひもしなかつた。

 部屋に入つた彼女は私相手に色々と雑談を仕掛けてきた。

 彼女の雑談とふものは中々に面白いもので……何かとユーモアとふものを感じたのだつた。

 しかも、その言葉の端々や話題性につひても不思議なほどに教養とでもふべきか、はたまた賢さとでもふべきか、さうふものをヒシヒシと感じられたのだつた。

 そんな中で私が煙草タバコを吸ふと、彼女は私にたいして自分も吸ひたいと強請ねだつてきたのだつた。

 さうして私が一本手渡すと、彼女はいかにも滿足まんぞくさうに……かつ、エロチックに煙草を吸ふのであつた。

 あまりにもエロチックであった……

 目を眠さうに細めつつ、下目遣いで私の手を見てくる……そして、一回一回煙草を吸つて吐く毎に、横の方向にあつた窓の方を向きながら、流し目で私の方を見てくるのである。

 私はそれをまう一度、二度、三度……何度でも見たいと、彼女が煙草を吸ひ終わつても、何本も何本も煙草を彼女に供給したのだつた。

 すると、彼女は次に酒を強請ねだつてきた。

 私は出來るだけその要求に応へようと、その時台所に置いてゐた一升瓶の日本酒を持つて來て、お猪口に注いで彼女に振舞つたのだつた。

 振舞はれた酒を彼女はその紅い唇から零れて、顎をつたり、襟を濡らさうともグビグビと飲んでいき……つひには、全部飲みきつてしまつたのだつた。

 彼女は、驚くべきことにそれでもケロッとして、酔つてゐなかつた。

 そして、その次のこの女の行動が私の全てを永遠にへることとなった…

 彼女は酔つてゐないにもかかわらず、あたかも酔つてゐるやうな言動や、行動を敢えてしてみせた後……私の頬に接吻をしたのだつた。

 接吻の時に感じた彼女の唇の温もり……私は、腰の抜けるやうな思ひをしたのだつた。

 それは、若い女人の情熱的な温もりで…かつ、男が感じ、または發出はっしゅつすることの出來ない絶對的ぜったいてきで柔和な感触であった。

 彼女を見ると、ハラハラと髪から垂らしたおくれ毛を汗で濡らしつつ、微笑を私に向けてゐた。

 思はず私も彼女の頬に接吻をした。

 すると彼女もまた私の頬にほぼ同時に接吻をした。

 互いの接吻はいつの間にか、口づけとなり……そしてさらに進み、互いの肉體にくたいの貪り合ひとなった。

 自分の秘めたる肉慾にくよくに初めて自覺的じかくてきになつたのはこれが初めてであつた。

 私と彼女との間での情交はこのやうにして始まつたのだつた。

 彼女の素晴らしく艶やかな肉を常に求めつづけ、また、彼女の素晴らしく甘美な毒に当てられつづけた私は、彼女が居ないと本當ほんとうにどうしやうも無い程の渇きを感じるやうにもなつたのだつた。

 そんな中で、ある日、彼女はこのやうな事を私に言つてきた。

 

「夫を殺したい」


 果たして彼女の方も私がいないとどうしやうも無い程の渇きを感じるやうだつた。

 一刻も早く私と一緒になつて、この爛れた生活を何の氣兼ねきがねもなくつづけたいやうだった。

 が、彼女も私も少なくとも直接殺しに行くまでの勇氣ゆうきを持つまでには至らないのだつた。

 そんなある日……

 私がいつものやうに彼女と情交してゐると、彼女の夫が突然殴りこんできたのだつた。

 彼女の夫は私をコテンパンに殴りつけた後、次に妻をこれ以上ない程に殴りつけたのだった。

 結果的に私はその借り部屋を追い出される事となり……新しい借り部屋が見つかるまでの数日間の路上生活が私を歓迎することになるのだつた。


 さうして彼女と会ふ事が無くなり、数ヵ月がつた……

 私は或る日の夜、京都の郊外を暇つぶしに散策してゐたのだが、その日、可笑おかしな恰好かっこうをした女を見るのだつた。

 その日の私は散策途中にある神社を發見はっけんし、好奇心でおまいりをしたのだが……神社の一角にある祠のところにもお祈りをしたところ、自分の後ろに寒氣さむけを感じたのである。

 さうして振り返って見ると、暗がりの中に人が立ってゐるのが見えたのである。

 よくよく見てみると、どうにもおかしい。

 その人は白装束を着てゐるやうで、長い髪を垂らしてゐるのも見えて、女のやうではあるのだが、微動だにもせずずっとブツブツ何かを言つてゐるのである。

 フッと、祠の方にも寒氣さむけを感じた……

 見ると……祠の後ろに……女が立ってゐたのである。

 唯の女では無かった……

 その女は口から左頰にかけての皮膚と肉が裂けてゐて……かつ、その裂けた部分からは血がボトボトと垂れてゐるのである。

 鬼だッと私は思つた……

 さうして、私は一目散に逃げだしたのであつた……


 その日のかえり、私は自分の住んでゐるアパートの前に死體したい發見はっけんしたのだつた。

 野次馬が群がつてゐたその死體したいは、車に轢かれて死んだものであるのだが……死體したいの顏を見た時は驚愕したものである。

 何せ、その顏は……以前住んでゐた例の集合住宅の大家の顏であったから…

 

 今現在、私は再び例のあの大家の妻……いや、”元妻”と暮らしてゐる……

 彼女は相變あいかわらず、昔にやうに私を求め、私も彼女の肉を求めてゐる……

 が、最近になつてがかりなものを發見はっけんした。

 彼女が持つてきた衣服が入れられてゐる箪笥の中に……白装束を見つけたのである。

 

 

 

 

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