第15話 ボスとガールの出会い

 僕は……どうしちゃったんだろうな。


 あの夫婦を撃ちたかったのかな。自らの手であの人達の生を終わらせたかったのかな。


 ──殺したい。


 心の奥底で、また人を撃ってみたいと思っている自分がいる。


 僕を下に見て嘲笑って来た世間を、僕を不要だって言って工場ファクトリーに送ろうとした両親を、心のどこかで殺してしまいたいと願っている。


 どうしたんだ僕……。僕はこんな好戦的な人間じゃなかったはずなのに。


***


 その日、ボスから聞かされた計画は衝撃的だった。


「おい、今度は工場に人間を運ぶ輸送車を狙うぞ」


 えぇ!? それって、行政の人間を殺すって事?


「工場行きの輸送車には運転手が一名、警護役が二名の三名が職員として乗っている。そいつらをぶっ殺して工場に輸送される人間を救うんだ」

「救った後はどうするのよ~? まさかそのまま家族の元に帰すとか言わないわよね?」


 ガールの問いに、ボスは片側の口角を上げる。


「あぁ、もちろんそんな事はしねぇさ。救った人間はこの組織ノンエデュリスに入れる。人員増強だ」

「やった! やっとわいにも子分が出来るんや!」


 蓮は片腕を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねている。何歳になっても蓮は子供みたいだ。でも、確実に僕よりは色々な事を知っている。


「ここに人員を増やすのは良いとして、輸送車には大抵五名から十名の人間が乗せられるはずですよ。どこの地点で輸送車を襲うか、が問題になりますね」

「工場のすぐ傍で襲う。ゴール地点のすぐ目の先で殺る。そうしたら最大限の人数を救えるさ」

「なるほど。工場のすぐ傍は警備も厳重でしょうが、勝算は?」

「お前ら、全員殺しには慣れてきたよな……?」


 僕は生唾を飲んだ。僕と蓮が殺した人数はまだ少ないけれど、僕には天性の運動神経が、蓮には謎のガッツがある。


「決行の日までに博士には警備パターンを分析してもらう。それと、ボーイとピュアは銃とターボシューズのレベルアップをしろ。ガールは……そうだな、お前スナイパー並みの銃撃センスと身のこなしだもんな。お前は特訓の必要はねぇから、俺と一緒にピュアとボーイの特訓に付き合ってくれ」


 ガールって、そんなに銃のセンスがあるんだ? 工場に行かされそうになる前は何をしていた人なんだろう? そもそも、どこでボスと出会ったんだろう。


 僕の頭は疑問でいっぱいになる。でも、それを質問出来そうな雰囲気ではない。


 僕がまごまごと目を泳がしていると、ボスの方から声をかけてくれた。


「何だピュア。質問か?」

「いやぁ……その、ガールさんとボスってどこで出会ったのかなぁ? とか……」


 ボスは大口を開けてガハハハと笑うと、「何だそんな事か」と言った。


「俺とマリアガールの出会いか? それはな……」


***


 今から一年半前、そこはボスこと荒嶺武蔵が懇意にしている、『Bar 歌舞伎町』だった。


 武蔵はその時まだ駆け出しのレジスタンスで、メンバーは博士ドクターこと才川クリスとの二人きりだった。


 しかし、二人は一年の歳月をかけて地上への穴を掘る事に成功し、武器を闇ルートから手に入れ、改造にも着手して徐々に力を付けて行っていた。


 レジスタンスの力を誇示するためにも、神明叡一を殺害し政府を乗っ取るという最終目標のためにも、手始めに美食家グルメの殺害を計画していた二人は、ダークウェブで得た情報から、ここに情報屋がいると掴んで武蔵が一人で接触を試みていた所だった。


 クリスは歓楽街に連れて来るには幼過ぎた。彼はまだその時八歳そこそこだった。


 そもそも、武蔵とクリスが二人で親元を逃げ出したのが一年半前だった。武蔵十八歳、クリス七歳の時だった。


 当時から文武両道で知られていた武蔵だが、彼は素行が悪い荒くれものだった。その武蔵を両親は持て余した。そしてクリスは天才ギフテッド過ぎるが故に両親から疎まれていた。そして、両親から持て余されていた二人は親戚の集まりで意気投合し、個人的に連絡を取る仲になっていた。


 その二人は工場行きが決まった時にそれぞれの家を抜け出し、二人でノンエデュリスを立ち上げたのだった。


 

 そしてその日も、武蔵はBar 歌舞伎町で紫雨とヒソヒソ話をしていた。そこに絡んできたのがガールこと藍部らんべマリアだった。


「お兄さん、只者じゃない雰囲気出してるわぁ。あたし、そういうの鋭いの。ね、あたしも仲間に入れてくれない?」

「何だお前?」


 急に話に入って来たマリアに、武蔵は胡散臭さを感じたが、赤色LEDの薄暗い光の中で見ても、マリアの美貌とプロポーションは隠せていなかった。


「あたしぃ、このままだと両親に工場送りにされちゃうそうなのよねぇ。少しくらい男遊びが好きだからって何だって言うの? そんなにってみっともないものなのかしら?」


 マリアは武蔵の肩に手を置いて「うふふ」と笑うと耳元でそっと囁く。


「あたしを仲間に入れてくれたら、凄ーく良い事しちゃうけどな」


 武蔵の鼓動が早まる。親元を離れてからは性欲抑制剤を飲んでいなかった。この女は武蔵のオスとしての本能を刺激し興奮さえ覚えさせてくる。


「な、何の事だ? 仲間にするような事はしていないし、俺はここのただの客だ」

「またまたぁ」


 マリアはその大きな瞳を瞬きすらさせずに真っ直ぐと武蔵を見据える。


「聞いちゃったのよね。美食家を殺すとか、神明叡一を倒すとか」

「なっ……!」


 武蔵は椅子を倒してその場に立ち上がった。あれだけボリュームを抑えて話していたというのに、何故この女はそれを聞いていたのだ。


「あたし、聴覚過敏の傾向があって聴力が凄ーく良いのよね」

「そんな言い訳通用するか! お前、何者だ?」


 マリアは長いウェーブの掛かった髪の毛を弄ぶと、ニヤリと笑う。


「何者でもないわよ。ただの『逃げたい者』よ」


 その妖艶な笑みに、武蔵の心は射貫かれた。オスとしての本能がマリアの魅力に平伏した瞬間だった。


***


「というわけでよ、ガールはこの組織の古参メンバーになったってわけだ」

「なるほどぅ……。なかなかにドラマティックですね」


 やはりボスとしてもガールの『イイ女』っぷりは半端なかったんだなぁ。


「ボクは驚きましたよ。情報収集に行ったはずのボスが女性を連れて帰って来たんですから」

「あの時は悪かったな博士!」


 ボスはまたも豪快に笑うと、居住まいを正して僕らを見た。


「今回の作戦はノンエデュリスの勢力を広げるチャンスだ。絶対に失敗するわけにはいかねぇ。失敗したらすぐそこの工場で食肉にされちまうしな。だから、各々準備はしっかりしてくれ。決行は二週間後だ」


 あと二週間……。二週間しかトレーニング期間がないのか……。


 でも、僕の心はとんでもないくらいに高鳴っていた。行政と戦うのだ。その道のプロと戦うのだ。


 こんなにスリリングな体験、今までの人生ではありえなかった。せいぜいVRゲームの中でアクションを楽しむ程度だった。そもそも、ゲームだって表現規制の問題でそんなに派手なアクションなんて出来ないのだ。


 それが、銃を使ってどんぱちし合うのだ。行政の人間が持っているのはレーザー銃だろうけど、それにしたって気分が高まって来る。


 またあの、真紅の花が満開に咲き誇るような血飛沫を見る事が出来るのだろうか。


 その日から、僕と蓮はボス直々の特訓を受ける事になった。

 

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