第6話 蓮の秘密

 蓮は真っ青な顔をしてガクガクと震えている。今のガールの話の中に、そんな恐ろしい内容があっただろうか?


「れ……ボーイ、どうしたの……?」


 ただならぬ状況に、僕は出来るだけ穏やかな口調で蓮に問う。


「ふ……風味。あれは覚えたらあかんものなんや。特に肉の味。あれだけはあかん。あれを覚えてもうたら、もう後には戻られへんくなる……」


 肉? 肉って、今この時代に肉を食べるのは美食家だけのはず。一般人はあんな高価なもの食べないし、そもそも食人については反対派も多くて、食人が始まって一世紀経つがその間ずっと論争は続いている。


「え……? ボーイって何か美食家と関係があったりするの……? それとも、肉食について何か嫌な事でも……?」


 何が何だかさっぱり分からない。何故蓮がこんなに怯えているのかも分からないし、頭の回転が悪い僕には察する事も出来ない。


「ピュアはさ、わいが太っとった事に関して何とも思てへんかってん……?」

「え? いや、珍しいなって。食事サプリメントしか摂取していないのに太っているのは珍しいって思っていたよ」

「お前、本当にバカだな。サプリだけで太るわけねぇだろ?」


 ボスは僕の事を侮蔑するような目で見ている。


「ボーイはよ、知ってるんだよ。あの極上の快楽をな」

「極上の……? 快楽……?」


 もう、本当に何が何だか分からない。僕にも分かるようにはっきりと優しい言葉で言ってくれよ。


「ねぇ、ボス。この子何が何だか見当も付いてないみたいよ。ここははっきりと教えてあげたら?」


 ガールがボスの肩にしなだれかかる。


「ボス……わい自身の口から言うで」


 蓮は今にも泣きだしそうな表情をして僕を見る。


「ピュア……わいは食べ物の味を知ってるんや。わいが太っとったのは、両親が幼少期からわいに食べ物を与えとったからなんや。お菓子や野菜、魚……肉も食べた。わいの一家は美食家やねん」

「え……?」


 脳が……脳が動かない。身体が動かない。僕の思考回路はどうしてしまったんだ。蓮の一家が美食家……? 肉を……人肉を食べた事がある……? 何でだ……だって……。


「れ……ボーイの家は、普通の家庭だろう? とりわけて裕福なわけでも、成功者なわけでもない。ごく一般的な、普通の一家だろう……?」


 そうだ。蓮一家は美食家になれるほどお金持ちではない。だって、確かお父さんは普通の会社員だ。お母さんだって普通の会社員で、家の規模だって一般的な地下世界の一室だ。


「ちゃうねん。うちの両親はAI管理のスペシャリストで、ほんまはエリートやねん。食べ物にお金をかけたいから普通の家に住んでるだけで、実は成功者夫婦やねん。そやさかい、高価な人肉や嗜好品も手に入れられてん」

「そんな、まさか……。じゃぁ、ボーイは人を食べたって事……? っていうか、そんな成功者だったら何でを工場に行かせようとしたの……?」


 すると蓮は、目を伏せて涙をぼたぼたと流し始めた。


「うちの両親は頭がおかしかってん。肉が好きすぎて、次第におかしなってって、最終的にわいの事が美味しそうな食材に見えてもうてん。せやけど、自分達じゃわいを食肉加工出来へんから、工場に送ってわいの肉を融通してもらおうとしてん。わいは両親に、食材として見られててん……!」


 こ、言葉が出ない……。両親に食材として見られただと? 実の子の肉を食らう……? 何て罪深いんだ。それだけは僕にでも分かる。


「人の肉には中毒性があるって言うものねぇ。禁断の味よ。あれを覚えたらどんどん自我を失っておかしくなって行くって聞いているわ。今日りに行く美食家も、美食に溺れて自我を失っているって話だわ。私達がしている粛清は、おかしくなった人を救うためでもあるのよ」

「で、でもの両親は今までだって今だって立派に働いていますよ!? どこがおかしいって言うんですか!?」


 ボスは飲んでいたペットボトルの水を床に叩きつけた。


「お前、どこまでもお気楽な奴だなぁ!? 今時仕事なんてAIを駆使すりゃどうとでもなるだろうが。AI管理者だったらそれを操るAIを編みだす事も可能だ。一度プログラミングに成功しちまえば後は楽に金を稼げる、それがAI管理者様だ。ネットワークの監視は下働きの会社員がする。実務なんて下々の者がやるもんでよ、てっぺんの方の管理者達は一度成功しちまえば後は安穏と大金を稼いで暮らせるってもんなんだよ! それとなぁ、本名で呼ぶな! コードネームで呼ぶ癖を付けやがれ!」


 知らなかった。世の中の仕組みがそんな風になっているだなんて。だって僕の両親はいつだって家でせこせこと働いている。


「ボス……ピュアが知れへんのもしゃあないんです。だってピュアの両親は一般労働者やさかい。きっと、の味かて味おうたことあれへん、それこそな存在やねん」


 僕は一瞬胃がせり上がるのを感じた。確かに僕の両親は一般労働者だけど、僕に何不自由なく生活をさせてくれたし、十分な栄養サプリメントだって摂らせてくれていた。だから……僕の口からつい皮肉めいた言葉が出た。


「でも、食材の味を知ったらおかしくなるんだろう?」


 瞬間、場の空気が凍ったのを感じた。


「ピュア、てめぇぇぇ‼」


 次の瞬間、蓮が僕のこめかみに銃を当てていた。

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