第5話 アジト

 本部として連れて来られたのは地下世界にあるひっそりとした住居だ。その内部はガレージのような散らかりっぷりで、あちこちに作りかけの装置やコード類、工具が落ちている。


 真ん中には大きなテーブルがあり、そこの上も細かい部品で散らかっている。


 でも、広さ的にはそれなりにあるようで、リビングを中心に七個の扉が周囲を囲んでいる。そういう作りの点では、普通の住居と相違ない。


 ただし、このが他の家とは違う決定的な点がある。それは……。


「今降りて来たエレベーター? も博士が作ったんですか?」


 ここに降りてくるために、秘密で作られたマンホールを通って来た。ただし、梯子を降りたわけではない。一人用昇降機がいくつも設置されている、自動で動くエレベーター状の物を使ってここまで降りて来たのだ。


「へへっ。博士は天才だからな。穴さえ掘っちまえばこんな装置作るのは簡単なもんよ」


 穴を掘るって言ったって、地上まで何百メートルあると思っているんだ?


「穴もよ、博士と計画を立てて一年掛けて掘ったんだよ。騒音を最小限に留める装置付きの掘削機も作ってな。マジで博士と遠縁で良かったって思うわぁ」


 博士と、遠縁? ボスと博士は親戚同士なのか?


「あ、言ってなかったな。俺の母ちゃんは博士の父親の従兄弟の嫁の従姉妹でな。結構遠い親戚だが、そのおかげで俺は神童クリスの存在を大昔から知ってたっていうワケ」

「大昔って言っても、ボクが生まれたのは十年前ですよ」


 博士は小さな機械をいじりながらそう返答する。


「でも……そんな神童なら何で工場になんて送られそうになったんですか?」


 博士がまたで僕を睨む。僕の胃が口から出そうになる。これは地雷を踏んでしまったか……。


「行き過ぎた天才ギフテッドはこの管理化された社会では不要なんですよ。AI管理者を上回る者、政府の要人を上回る者は脅威なんです」

「それに、才能ある子供の肉はうまいらしいしな」


 ボスが意地悪くそう笑う。


「さ、調整が終わりましたよ。これがピュア、あなたの新しいイヤホン端末です」


 博士は僕の手に今までのものよりも薄型化されたそれを載せる。


 従来のイヤリング型イヤホンは厚みがあってそれなりに目立つ見た目だったが、これは薄型でスタイリッシュに洗練されている。


「それでネットに繋がります。支払いも出来ます。お金は銀行のサーバーをハッキングしています。足は付かないようにしてありますから心配しないで下さい」

「あ、ありがとうございます……」


 ネットもお金もハッキングって。これじゃまるで犯罪集団じゃないか。でも、美食家を殺すとか、ワールド総裁の首を取るとか言っていたし、この人達の本質は犯罪者のそれなのかもしれない。


 「ピュア、早速今夜ここから一時間くらいの所に住んでいるデブジジイの美食家グルメを殺しに行くぞ。覚悟しておけ」


 ボスは飄々ととんでもない宣告をする。


「そ、そんな。僕はまだ銃の扱い方だって分からないし、何より殺しなんてした事ないです……!」

「ピュア、そないに堅苦しゅう考えんといてや。今から夜までに博士に銃の使い方を教わったらええんやし、最初から誰かを仕留める役なんて期待されてへんって!」


 僕の背中を嫌な汗が流れる。


「れ……ボーイは、もう、だ、誰かを殺した事があるの……?」


 蓮は誇らしげに胸を張る。


「あれへんで! 敵を殺すんは大抵ボスの仕事やさかいね。せやけど、わいだって機会さえおうたら美食家の一人や二人くらい殺せるで。それくらい出来な、神明叡一の護衛は倒されへんしね!」


 僕は少しだけ安心した。蓮はまだ人殺しにはなっていなかったからだ。


 昔から僕の事を慕ってくれた蓮。いつもいつも、とびきりの笑顔で『純兄ちゃん』と呼んでくれた蓮。その純粋さはまだ失われてはいなかったんだ。


「それで、よ。美食家の家まで行くのは『ターボシューズ』で移動するんだけど、博士に足のサイズを申告してターボシューズのカスタマイズをしてもらってくれる? それと、ちょっと乗りこなすのにコツがいる靴だから、練習もしておいてね。あ、ついでに銃のレクチャーも受けておいてよね」


 ガールは気怠そうに水を飲みながら僕に指示をする。


 水……水……?


 そうだ。僕は逃げてから今までの間、本当に口腔内がカラカラで水が飲みたかったんだ。


「あの……ガールさん、その水、分けてもらっても良いですか……?」


 するとガールは「あらやだ」と言って口を手の平で押さえながらケタケタと笑い出した。


「ごめんなさいねぇ、あたしばっかり飲んじゃって。ピュアも喉乾いてたわよねぇ。何せあの梯子を登り切ったんですものねぇ。やだぁ、あたしったら。すっかりそんな事お構いなしだったわぁ。ごっめーん!」


 そしてガールは冷蔵庫から僕のために冷えたペットボトルを取り出してくれた。僕はそれを一気に飲む。食道を冷えた水が通り、身体を潤し、胃まで到達すると四肢の隅々まで冷やしてくれるかのような美味しさだ。


「ハァ……ハァ……こんなに水が美味しいと感じたのは初めてです」


 するとガールはにこりと僕に微笑んだ。


「良かったわ。あなた、もっと水や色々なものに感謝すると良いわ。今は食事ってサプリメント状だけど、大昔は今の美食家のように、一般人も野菜やお肉、魚を食べて栄養を摂取していたのよ」

「それの名残が、今の人工ミルクやコーヒー風飲料なんですよね?」

「そうよ。大昔の名残。本当は水とサプリメントさえあれば生きられるのに、人は風味を求めてしまうものなの。ね、ボーイ。あなたならよーく分かるわよね?」


 そうガールに問われると蓮は一気に顔面蒼白になって震え出した。

 

 そして、僕は蓮の口からとんでもない話を聞く事になるのである。

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