ep.23 颯爽の娘子

登場人物

介象かいしょう…………方士。干将かんしょう莫邪ばくや眉間尺みけんしゃくの三剣をびる。

元緒げんしょ…………方士。介象の師であり、初代の介象。

巩岱きょうたい…………細作しのびのもの。介象に仕える。

丘坤きゅうこん…………美質な弓の名手。


 原野を疾駈しっくしていたのは、一騎だった。

 円形で灰白色の斑模様まだらもようがある葦毛あしげの駒である。

 馬上の者の姿は、男の身形なりだった。眉はひいで、くちは紅く、聡明そうな瞳をしている。白の道袍どうほうまとい、腰には一振りの剣をび、弓箭ゆみやを背負っていた。一纏ひとまとめにした長い黒髪を一本のかんざしで彩り、豊かな頬に風を受けている。

 丘坤きゅうこんという名の娘子だった。勇ましくも美質な丘坤は、何かに突き動かされたように先を急いでいた。

 老いた父は、山裾にある小さな集落の長だった。丘邑きゅうゆう――。いつからそう呼ばれているかわからなかったが、代々邑長を務める家柄だった。

 丘坤には二人の弟がいたが、若かりし頃の父からは、どういう訳か丘坤だけが武芸を仕込まれた。取り分け、弓術は幼い頃から徹底的に叩き込まれた。

 左右どちらからも矢を射ることを強いられた。百歩離れたところから、定めた一枚の小さな葉を射抜くまで食事を与えられないこともあった。宙吊りにされたまま、矢を射る訓練も強いられた。どのような場所、体勢からでも、狙い定めたところを穿うがつよう養成された。

 庭で遊ぶ弟たちを尻目に、学問と教養も教え込まれた。そのうち、おぼろげに丘家代々の使命が見えてきた。物心が付く頃には一本の簪と一体のあやかしを付与され、霊気のり方を教えられた。弟たちとは明らかに違う扱いだった。

 昨年、母が死んだ。

「これを母と思うがよい」

 老父から渡されたのは一張の弓だった。

 深い緑色に輝く、ずしりと重い弓だった。にぎりの下に羽の装飾が施された弓幹は、青銅で造られている。透明で張りのあるしなやかなつるは、何が材料なのかわからなかった。それは、代々丘家の主に伝わる弓だった。

 そして、十日ほど前――。

 やしきの庭で杖を突き、拝跪はいきした丘坤に厳しくも温かい視線を向けている。

「丘家の口伝通りであれば、よもや大事が迫っておる。丘家の主は今やお主。当主が女の代にこんな日がやって来ようとは……。だが、お主には全てを伝えてある。往け、丘家の宿命と共に――」

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