ep.22 蠢動の予感

登場人物

介象かいしょう…………方士。干将かんしょう莫邪ばくや眉間尺みけんしゃくの三剣をびる。

元緒げんしょ…………方士。介象の師であり、初代の介象。

巩岱きょうたい…………細作しのびのもの。介象に仕える。


「本来であれば、廉武れんぶさま御自身が馳せ参じたかったはず。しかし、易々と国を離れる訳にもいかず、代わって拙者せっしゃを放ったのです。それに……」

 懐古かいこから覚めた介象かいしょうは、巩岱きょうたい眼差まなざしを見詰め返した。

「拙者も介象さまにお仕えすることを志願しておりました。今や我が師、淳于甫じゅんうほは、その名誉を回復せられ、忠臣の士としてたてまつられてございます。拙者にも、介象さまに恩を返す所以ゆえんはあるのでございます」

「配下の数は?」

 静かだが、銅鑼どらのような声音こわね元緒げんしょただした。

りすぐりの腕利うでききが十人」

 力の籠った眼で巩岱は返した。

 元緒は、嘆息すると張り詰めた気を緩めた。

わしは、元緒じゃった。今は此奴こやつが介象、儂の弟子じゃ」

「存じております。これまでも廉武さまの命により、介象さまの行方は探っておりましたゆえ

「うむ。そういうことだそうだが、どうするかえ、介象?」

 介象は、静かに拱手きょうしゅした。

「これほど心強いこともない。以後、よろしく頼む、巩岱」

 破顔した介象に、巩岱は眼をいた。

「はっ」

 巩岱は、眩しい破顔から眼を伏せるように下を向いた。心がふるえた。嬉しさと感動であふれ出しそうな涙をこらえた。

 それを見届けた介象は、きびすを返すと再び山を下り始めた。数歩も歩かないうちに、巩岱の気配は消えていた。

 しかし、得体の知れない視線は依然として背に感じる。

「視線の主は、巩岱ではなかったのう」

「ああ。何らかのあやかし、その視線のようだ」

「直感も方士ほうしの資質のひとつ。良いものを持っておる」

「何かが、動き出しているな」

 介象は確かな足取りで、ゆっくりと歩を進ませた。

 木々の緑が風に揺れている。

 大気の邪気は、益々濃くなっていた。

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