二話 そうだ、京へ行こう

 繰り返すが、時は物質文明極まる現代社会だ。昔であれば何日もかかる旅路も、車もあれば道も整備されている。高速道路をひた走れば、半日もあれば目的地には辿り着く。


 私が住む地域は、東海道でお馴染みの駿河の国だ。ここから京まで車でざっと五時間。休憩も含めればもう少しかかるかもしれないが、謎の存在も事故には気をつけろと言っている。安全運転で焦らず行くが吉だろう。


 謎の存在の言葉にせかされ出発したのは、今日の未明。途中高速のサービスエリアで朝食をとりつつ、延々高速道路を走り続け、そろそろ陽が真上に登廊下という時には、京の都にたどり着いた。


 長距離の旅は、私は好きだ。流れていく景色は土地の色に合わせ変化していく。目に映る何気ない風景からして非日常を演出してくれる。私は日常に飽き飽きしているわけではないが、やはり気付けば日常生活に追われ、固定された生活パターンを繰り返す日々にあっては、手軽にも関わらず心を満たすものは他に無い。そう、思えるのだ。最近はむしろ仕事を辞めた反動で自堕落な生活が板についてしまっていたから、こんな何気ない生活でも新鮮味があって大変楽しい。


 窓を開け、車に風を取り込む。もう随分と涼しくなってきた。日中でも車のエアコンを効かさなくても大丈夫な季節になってきたようだ。目的の神社は、京の都の北に位置する。奥座敷というだけあって、京の盆地をぐるりと囲む山の中に入っていかねばならない。高速のインターは反対の南側だ。洛中の込み入った道を抜けて行く。思えば、学生の時に来た以来だろうか。当時の記憶はもはや定かではないが、やはり土地の空気感というものはそう簡単には変わることはないらしい。どこか古めかしく懐かしい匂いを感じる心地だ。その心地よさに酔いしれながら、車を走らせていく。


 気がつけば、頭の中に響いていた声も静まり返っている。目的地に近づいているからだろうか。辺りの街並みも、随分と山間部の景色に変わってきていた。事前に調べてみたところ、目的の神社には数は少ないものの駐車場はあるらしい。車のナビの示すまま、まずはその駐車場を目指す。


 洛中から山間部に至り、いよいよ山へと入っていくにつれ、道幅もどんどんと狭くなっていく。ある地点から、道路脇に川が流れている様子が見えるようになった。聞けば目的の神社は、水を司る神様らしい。おまけに、龍神でもあるとか。この国には龍の伝承は多くある。大抵の湖には何かしらの龍神は祀られているし、川や海も同様だ。

 

 なんとなく、謎の存在の正体に見当がついてきたが、すぐに正体は分かるだろう。人をさんざ呼びつけておいて、一体何の用事でもあるのか。


 ようやく、神社の駐車場に着いた。本当に僅かな駐車スペースしかない駐車場だったが、幸い今日は空いていたらしい。余裕で車を停めることができたので、悠々と参拝の支度を始める。


 遠くで雷鳴が聞こえる。空気も冷えてきた。これは、夕立でも来るかな?車に積んである荷物から、レインウェアを取り出し着る。割とアウトドアが好きな私にとっては、傘を差すよりよっぽど過ごしやすいし、一降り来るならやはりレインウェアが成功だろう。それに、これから少し歩かなければいけない。


 この神社は、手前から、本宮、結社、奥宮とやしろが三つ存在している。それぞれに祀っている神様も違うようだが、おそらく私が夢に見た風景は本宮であろうことは、事前に見ていたホームページからも確認している。


 いざ参拝と意気込み、揚々と歩みを進めた次の瞬間、滝のように雨が降り出し、雷鳴も轟く。普通であれば、こんな天候で出歩くのは自殺行為だ。一旦車に避難しようとしたら、なりを潜めていた謎の存在からの声が再び頭に響いた。


 “参拝せよ”


 初めは、何を戯けたことを言っているのかと、呆然とし、しばしの思考停止の後に沸く怒りを感じた。


「ああぁもう!!わかったわよ!いけばいいんでしょ?!」


 踵を返し、大股に神社へ向け歩いていく。もう本当になんだっていうんだ。ここまでして参拝するんだ。絶対に文句を言ってやる!

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