第一の宮 一幕 京の都の奥座
一話 旅の始まりは怒号とともに
「いい加減うるせぇんだよーーー‼︎」
私は今、ブチギレている。この上なくブチギレている。自分で言うのもなんだが、優しく人当たりのいい、この私がだ。
気に食わない上司に嫌味を言われても、丁寧に答えを返し心の中で中指を立て、ストレスがどれだけ溜まろうと、周囲への気遣いを忘れず貞淑に振る舞い、自宅でクッションをボッコボコに殴り倒す程度には、周りに気を使えているできた女だ。
分かっている。これは自称だ。できた女と思いたいしょうもない女のささやかな戯言だ。人当たりが良く優しいというのは、他の人にも言われたことがあるので、間違いはないだろう。ないと思いたい。
ともかく、私はキレている。理由を言おう。これはつい最近の出来事だ。
元会社員の私は、上司からのパワハラや同僚その他からのセクハラに加え、不可解な理由で突然休む後輩の尻拭いの日々に疲労困憊していた。人間、我慢も大事だが、何事も限度というものがある。堪忍袋の尾が切れた私は、それはそれは理知的だったので、辞表を叩きつけることもなく、我ながら驚くほど冷静に可及的速やかに退職の手続きを取り、現在無職の身分なわけだ。
無職になったまではよかった。問題は晴れて自由の身となり放埒の日々を送っていたある日のことだ。
夢を見た。
はじめに見たのは、砂利の広場だった。その広場は美しく青い木々に囲まれていて、日は少し陰っているのだが、左に岩壁のようなものがあり、視線の先には最近ではとんと見ない明らかに古めかしい、木造の建物があった。
私は割と神社が好きなタイプの人間だ。だから、これが小さい社であるらしいことは直感で分かった。
景色は変わり、綺麗な水が流れる田園風景が映し出される。美しく頭を垂れた稲穂があたり一面を覆い尽くしている。
そして、頭に鳴り響いた3文字の言葉。
聞いたことのない言葉だった。まぁ、夢の中で聞いた言葉であるからして、意味不明な言葉が出てきたとて、気にすることはなかった。
ところがだ。毎夜毎夜、同じ内容の夢を繰り返し見るようになった。謎の言葉も、正夢を見る回数が増えるごとに、より強く強烈に発せられているかのようだった。
たまらず、その謎の言葉をスマホで検索してみたが、なんとヒットしたのは神社だった。京の奥座敷とも言われる歴史も由緒もある神社らしいが、驚いたのはその神社の紹介画像に夢で見た景色が映っていたのだ。
これには、さすがの私も絶句した。これは、いわゆる神社に呼ばれるという現象だろうか?霊感の強い人や、信心深い人は神様が神社に招くために夢に出たりすることがあるという。
だが、極めつけはこれだ。ハッキリと言葉が聞こえるようになった。“早く参れ”、“参拝せよ”、“ぐずぐずするな”、“ええ加減早く来い”と。
ついに私も頭がいかれたかと思ったが、ここまではっきり言葉が聞こえると、もはや疑いようもない。何者か分からないが、私は謎の存在に呼ばれている。
現に、こうして車を走らせている最中にも、“はよ来んかい”、“事故だけはするなよ”など、うっさいことこの上ない。運転中くらい静かにできないのか。そして、冒頭の怒号に繋がるわけだ。ほんとうるさい。まじでうるさい。
かくて私は放埒の日々から一転、謎の存在に呼ばれ
こちらの事情も考えず好き放題言いやがる存在に文句を言ってやる。そう心に決めたのだ。時は神治七年。神も仏も忘れ去られて久しい現代社会。駿河の国から、はるばる京へと、いざ行かん!
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