夢空杏という少女

 志湧管内臼木市には誰もが羨むほどに仲の良い三人家族が住んでいる。


藍矢あやちゃん、早く出ないと遅れちゃうよ」


「んな事わかっているけどさ……ビデオカメラ持った?」


「スマートフォンで十分でしょ」


「あぁ、そっか」


 夢空ゆめそらという表札がかけられたその家は二人の娘が小学校に入学するタイミングを見計らって建てられた新築で、娘の通う小学校までは徒歩で僅か5分という立地だった。


「あぁ、緊張してきた」


「藍矢ちゃんが緊張すること無いでしょう」


「そんな事言って、八郎はちろうだって緊張して汗かきまくっているくせに」


 籍を入れる前の同棲期間から数えるとかなりの時間を共に過ごしてきていたはずではあるのだが、未だに色あせることない仲睦まじさを見せつけ二人は娘の初めての参観日を目に焼き付けるため臼木小学校1年2組の教室へ入った。



***



わたしのかぞく

1年2くみ ゆめ空 あん


 わたしにはお父さんが2人、お母さんが2人います。

 1人目のお父さんとお母さんのことをわたしはよくおぼえていないけど、わたしのことを生んでくれた人だっていまのお母さんがおしえてくれました。

 いまのお父さんとお母さんとはわたしが4さいの時にわたしのお父さんとお母さんになってくれました。

 わたしみたいにお父さんとお母さんがいない子たちがいっしょにすんでいるおうちにお父さんとお母さんがきてくれた時にわたしははじめてなのにずっといっしょにすんでいたみたいなかんじがして、お父さんとお母さんのすんでいたおうちにおとまりをしたときもあんまりこわくなかったです。

 お父さんとお母さんがわたしのお父さんとお母さんになってからもずっとこわくなくてたのしいです。

 でも、お母さんはたまにすごくおこります。

 それは、わたしがきらいなピーマンをのこしたりしたときやしゅくだいをしないであそんでいるときや「ダメだよ」っていわれていることをしちゃったときです。

 お母さんはすごくおこるのでこわいけど、なんでかちょっとだけやさしいと思います。

 お父さんになんでかきいてみたら

「お母さんはあんのことがきらいだからおこっているんじゃなくて、すっごく大すきだからわるい子になってほしくなくておこっているんだと思うよ。あんはそれに気がつけたんじゃないかな?」

 っていっていました。

 わたしもそうだといいなって思いました。

 お父さんはお母さんとちがってあんまりおこりません。

 でも、ちょっとだけおこります。

 それは、お母さんのおはなしをきかなかったりしたときやごはんのときにテレビをみていてごはんをたべていなかったりなときです。

 お母さんよりおこらないからおこったときはすごくこわいけど、お父さんもお母さんといっしょでちょっとだけやさしいです。

 お父さんがいっていたみたいにお父さんもお母さんみたいに大すきだからわたしにわるい子になってほしくなくておこっているからかなって思いました。

 わたしのかぞくはみんなのおうちみたいに本とうのかぞくじゃないけど、本とうのかぞくみたいに大大大すきです。



***



 四年半ほど前までは最上瀬理亜もがみせりあという名前であった少女、夢空杏ゆめそらあんの発表した作文はそれまでに発表した児童の誰よりも、その後に発表した児童の誰よりも長く拍手が送られ、その内容から血の繋がりこそないものの家族という強い絆で繋がれている藍矢と八郎は大粒の涙を流し、そんな良心を杏は恥ずかしそうにそれでいて誇らしそうに見つめていた。

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夢空杏という少女 姫川真 @HimekawaMakoto

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