Thousand Flower guess #1

 偶然か、はたまた必然か、中林華なかばやしはな巻島八重彦まきしまやえひこを乗せた白いクラウンと先本千景さきもとちかげを乗せたシルバーのベンツはほぼ同タイミングで新築住宅が立ち並ぶ中、古ぼけて異彩を放っていたアパートの前に停車した。


「先本さん」


「中林刑事に巻島刑事……ここはお二人の管轄外では?」


「まぁまぁ、そんなことは大して問題じゃないから。ところで、そっちは人探し?」


「ええ。それはそちらも同じことでは?」


 とある事件をきっかけに顔見知り程度の接点があった三人は無意味にけん制し合ったことで互いの目的を察し、それ以上の会話を交わすまでもなく協力関係を築いた。


「久しぶりの再会を喜ぶ前に」


「まずはようやく辿り着いたこの家の家主にお話を聞かないと」


 女性二人の意見が一致すると、華は顎で八重彦に対し裏に回るよう指示を出して最上もがみという表札が掲示してある一階角部屋のインターホンを鳴らした。


「物音は……しない」


「ベランダの窓が開いていたから中を覗いてみたけど完全に留守みたい」


「お子さんとお買い物に行っていると祈りたい所ですが……」


 三人の視線は八重彦が戻ってきたベランダから玄関の方に続く乾燥した土道に向けられていた。


 そこにはよく観察してみないと気が付かない程ではあるが十センチもないほどの人の足型のようなものが残されていた。


「昨日、今日と私たちは志湧市に居たけどこの二日間共に晴れていて地面がぬかるむような天気ではなかった」


「天気予報を見る限り25日も一日中カラッと晴れ渡っていたようですが……」


「声明が出た24日の明け方から9時頃にかけては雨」


「状況証拠だけではあるけれど、誘拐されたのは最上瀬理亜もがみせりあちゃんで間違いなさそうね」


「本部に無線入れてきます」


 八重彦が無線連絡を行うために覆面パトカーである白いクラウンに戻っている間、ふたりは手で顔を覆い、天を仰いだ。


「経験則と状況的推測だけど、瀬理亜ちゃんはネグレクトを受けていたと思う」


「同感です。そして、今もなお希亜良さんは誘拐された娘のことなど気に留めることなく過ごしている」


 あまり感情に流されるような事は無い千景であったが、左手は強く握られ怒りでプルプルと震えていた。


「気持ちはわかるけど、手を出したらその場ですぐ手錠かけるから」


「しませんよ。そんな事」


「華さん、本部から証拠として現場を抑えるようにと。希亜良さんに関してはこれからネグレクトの疑いで手配出すそうです」


「申し訳ないのですが、この場は巻島さんにお任せしても構わないでしょうか? 中林さんは私の車に乗ってください。希亜良さんの居場所に心当たりがあります」


「そういう事だから、よろしく」


「えぇっ~!? そんな勝手な」


 八重彦が恨み節を呟いている間に千景と華を載せたシルバーのベンツは希亜良が朝から晩まで入り浸っているというパチンコ屋へ向けて走り出していた。


「ねぇ、電話鳴っているけど」


「申し訳ないですが、ハンズフリーに切り替えて出てもらっても良いですか?」


「はい。どうぞ」


「もしもし」


『お疲れ。アタシだけど』


そらがこのタイミングで連絡をして来たということは……」


『声明の発信先を特定した』


「本当ですか!?」


 個人的な通話だと思い、聞こえてはいるものの内容はすぐに忘れてしまおうという気概でいた華だったが、天の思いもよらぬ発言につい声を漏らしていた。


『ん? 誰か一緒に居る?』


「知り合いの刑事さん。偶然同じ事件を捜査していたから協力していた所」


『あぁ、そう。そっか。一応だけど結構黒よりのグレーゾーンな内容だけど、この会話でアタシ捕まるみたいなこと無いよね?』


「内容によりますが」


「大丈夫、その情報は警察も喉から手が出るほど欲している情報だから。それに、この人も管轄外の地域に立ち入って無許可で捜査をしているから」


『それはそれで情報を漏らすことに関して不安でしかないのだけれど、そのようなことを言っている余裕もないだろうから手短に伝える。まず、声明の発信者は夢空八郎ゆめそらはちろう。かなりの数の海外サーバーを経由していたみたいだけれど、自前のパソコンで発信したのは詰めが甘かったね。それで、彼のスマートフォンにもアクセスしてみたのだけど、ここ数日は位置情報が志湧市の民家からほぼ移動していないから恐らくそこを拠点にしているのだと思う』


「その位置で位置情報を発信しているのはその端末だけ?」


『もう一つあった。24日以降この端末は全く移動していないから恐らく見張り役じゃないかな』


「ありがとう。助かった」


『あとで位置情報を送る。健闘を祈るよ』


 通話が切れると華は目を丸くして運転する千景の事を見つめた。


「今の友達何者?」


「人より少しパソコン知識に詳しいただの好敵手ライバルです」


「そういう仲間、ちょっと羨ましいよ」


「そうですか? 私は中林さんと巻島さんのようなバディの方が羨ましく感じますけど」


「隣の芝は青く見えるってやつかな」


 そのような会話を交わしている間に車は希亜良が入り浸っているというパチンコ屋の駐車場へと入った。

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