私立探偵擬似録 #2

「お疲れ様です」


「やあ、お疲れ様。その様子を見るに有力な情報は掴めていないようだね」


 各所で聞き込みをしつつも未だに有力な情報を収穫出来ずにいた千景ちかげがセカンドハウスも兼ねている事務所に戻ってくると、学生時代の後輩で現在は大学生や隣の朝日亭でアルバイトをする傍ら千景の助手として働いている芹沢海せりざわかいが有力とは言えないものの僅かに集まった情報を整理していた。


「千景さんの方は被害者の子に関して……その表情聞くまでもなさそうですね」


「ここまで手詰まりなのも珍しいというか初めての経験だね。普段なら喜ばしく感じるけれど事情が事情だけに自分の無力さを嫌と言うほど実感するよ」


「取りあえず、コーヒーでもいかがですか? この後、来客の予定があって淹れたてのものがあるので」


「頂くよ。ところで、その来客というのは今の案件とは別件かな?」


「三十分ほど前に会って話したいことがあるから事務所に来ても良いかという連絡があっただけで内容までは」


 そのような会話をしていると、まるでタイミングを見計らったかのようにインターホンが鳴った。


「先ほどお電話いただいた方でしょうか?」


「はい。牧園美園まきぞのみそのって言います。狩越の3年です」


「どうぞ」


「失礼します」


 美園は案内されたソファに座るとその場でぐるりと事務所を見渡しコーヒーを飲んでいた千景を見つめた。


「こちら、この事務所の所長で私立探偵の先本です。で、俺が先ほどお電話をお受けした芹沢と言います」


「お電話をお受けした際に会って話したいことがあるとおっしゃられていたようですが?」


「はい。実は最近ニュースになっている誘拐された女の子のお母さんについてなんですけど……」


「お知り合いなんですか!?」


 思わぬ発言に千景が思い切りマグカップをテーブルに置き、海は身を乗り出すほどの勢いで聞き返したため美園は脇に置いていたスクールバッグを胸元に抱きかかえ防御姿勢で話を続けた。


「絶対にそうだって確信は無いのでまだ警察には話せていないんですけど、元同級生の最上希亜良もがみきあらって子がそうじゃないかなって」


「元同級生というと……同い年?」


「ダブってはいなかったはずなので18歳だと思います」


「どうしてその子が誘拐された女の子のお母さんだと思ったのかな?」


「希亜良は高校1年の時にうちの学校とか他の学校の男子に手を出していて、妊娠しちゃったらしくて。うちらに堕ろした方が良いかとか相談してきたんだけど、自己責任とはいえ出来ちゃった子は仕方ないと思うし産めば? なんて他人事みたいに言っていたら本当に女の子産んじゃったらしくて、高校も中退して希亜良のお母さんと二人で育ててるらしいって聞いていたんですけど、うちのクラスの男子がここ数日、朝から晩までパチンコ屋に入り浸っている希亜良を見たって言っていて。希亜良が子供産んで学校辞めたのって1年の冬になるちょっと前くらいで、赤ちゃんきっと2歳にならないくらいのはずじゃないですか! 噂だとお母さん去年亡くなったらしくて。赤、赤ちゃんが一人でお留守番出来るわけ無いって思ったらうち、希亜良がそうなんじゃって……」


「牧園さん、教えてくれてありがとうございます。ここから先は私たちが責任もって調べるから安心して」


「ちなみに、希亜良さんの自宅と入り浸っていたというパチンコ屋の場所はわかる?」


「はい。このメモに」


「千景さん」


「えぇ、こちらは任せて。牧園さんの事はお願い」


 美園から希亜良という少女の手がかりを預かった千景はメモに記載されている志湧市の希亜良の自宅にカーナビゲーションを設定し車を走らせた。


 ちょうど同じ頃、男女二人を乗せた白いクラウンもまた同じ場所を目指して走り出していた。

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