私立探偵擬似録 #1

 昨日の昼から周辺地域だけではなくテレビにラジオ、インターネットまでも巻き込んで騒がれている誘拐事件は一夜が経っても解決はおろか犯人像すら浮かび上がってはいなかった。


「相手はかなり手ごわいと見て良いのかな?」


 一時期日本中を熱狂させた男性アイドルグループのメンバーがスタッフとして働いているらしいとまことしやかにささやかれているもののその実態は公にされていない不思議な食堂『朝日亭』が店舗として使用していないスペースを間借りして事務所を営んでいる女性、先本千景さきもとちかげは自身が経営している会社のうちの一つである動画配信サービス会社に勤める社員で千景の高校時代の同級生でもある青山天あおやまそらにそう尋ねた。


「色々と手続きが必要な警察ならまだしも、あんまり公に出来ないコネクションを使って追っているアタシでも苦戦するくらい複数の海外サーバーを経由して声明を出している所からしてかなり念入りに計画されていたものだと思う。これは限りなく低い可能性ではあるけれど、もしこれを突発的に思いついたのだとしたら誘拐犯にしておくには惜しい存在だと思う」


「どちらにせよ声明が出てから丸一日経っても私と天どちらの人脈を駆使しても手掛かりが無い相手であることは間違いなさそうね」


「もう少し粘ってはみるけれど、現状出来る定期報告は以上。ところで……アタシなんかを引っ張り出すほどの依頼を出したのって誰? ここまでの事をさせておいて守秘義務って言うのは無しだから」


 控えめに見ても自身が先本千景という人物にとって切り札となりうる存在であると自負している天は、自分の手を借りるまでもなく私立探偵として十分に捜査が出来るはずの千景が早々に切り札を使用するほどの依頼主に、場合によっては学生時代からの好敵手ライバルの弱点となりうる依頼主に個人的興味を感じていた。


「この捜査に依頼主はいないわ。でも、しいて言うなら私自身」


「どういう事? 意味がわからないのだけれど」


「学生の頃から何一つ変わらない。知ってしまった以上は見て見ぬフリは出来ないから」


「それに関しては同意見。犯人像にばかり興味が向いていたけれど、犯人像同様に所在不明の被害者が居るものね。あまり油を売っている時間は無いわね」


「ええ。声明文の曖昧さが故に絞り込むことに時間を要しているけれど、声明文の『幼い少女』が事実なのだとすればその子の体力的にもあまり時間を割いてはいられないもの」


 数年前の彼女らからすれば考えられないほどしっかりと手を組んだ二人は事件解決という同じ方向を向きながらも片や犯人側から、片や被害者の幼い少女側から早期解決に向けて捜査を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る