第3話 悪いのは社会?
自分を責めることに疲れ果てたとき、今度は周りの世界に目を向けてみる。そうすると、これまで当たり前だと思っていた様々な仕組みや空気感が、実は息苦しさの源泉なのかもしれないと思えてくる。
まず目につくのは、至る所に存在する競争の構造だ。職場では常に同僚との比較にさらされる。誰がより多くの成果を上げているか、誰がより評価されているか、誰がより早く昇進するか。学校を卒業してからも、この競争は形を変えて続いていく。年収、役職、住んでいる場所、結婚、子育て。人生のあらゆる側面が、まるで採点されているかのような感覚になる。
「成果主義」という言葉が職場でよく聞かれるが、その裏には「成果を上げられない人間には価値がない」というメッセージが隠れている気がする。努力した過程や、目に見えない貢献は軽視され、数字で表せる結果だけが重要視される。そんな環境では、常に結果を出し続けなければならないというプレッシャーに晒される。
SNSを見ていても、同じような構造を感じる。みんな自分の最も輝いている瞬間を切り取って投稿している。美味しそうな料理、素敵な場所での写真、充実した日常の一コマ。それらを見ているうちに、まるで「充実していない日常は価値がない」と言われているような気分になってくる。
「いいね」の数が可視化されることで、投稿内容への評価も数値化される。多くの「いいね」をもらう投稿は良い投稿で、少ない投稿は良くない投稿。そんな単純な図式が、知らず知らずのうちに価値観を縛っている。何気ない日常を投稿することさえ、「これは人に見せるほど価値があるだろうか」という自問を経なければならない。
そして、至る所で感じるのは「みんなが強くなければならない」という空気だ。困難に直面しても弱音を吐かず、前向きに乗り越える。失敗しても立ち直りが早い。常にポジティブで、エネルギッシュで、自立している。そんな人間像が理想として掲げられている。
でも、現実にはそんな強い人ばかりではないはずだ。みんなそれぞれに弱い部分を抱えているし、落ち込むこともあれば、立ち止まりたくなることもある。それなのに、そうした弱さや脆さを表に出すことは、まるでタブーであるかのような雰囲気がある。
「メンタルヘルス」という言葉が注目されるようになったとはいえ、実際に心の不調を訴えることには、まだまだ高いハードルがある。「甘え」「根性不足」「適応力の欠如」。そんなレッテルを貼られることを恐れて、多くの人が自分の辛さを内に秘めている。
制度の面でも、少数派や弱者に冷たい仕組みが目立つ。画一的な働き方を前提とした労働環境、多様性よりも均質性を重視する組織文化、「普通」から外れた人への理解の乏しさ。そうした構造の中では、標準から少しでも外れた人は居場所を見つけるのが困難になる。
例えば、朝型人間を前提とした勤務時間、飲み会を中心とした職場のコミュニケーション、暗黙の了解で進む意思決定プロセス。これらは多くの人にとって「当たり前」かもしれないが、すべての人に合うわけではない。でも、そうした「当たり前」に疑問を呈することは、わがままだと受け取られがちだ。
さらに、情報過多な環境も息苦しさを助長しているように思える。ネットを開けば無数の選択肢があり、無数の意見があり、無数の生き方が提示されている。「こんな生き方もある」「こんな働き方もある」「こんな考え方もある」。選択肢が多いことは本来良いことのはずだが、逆にどれを選べばいいのかわからなくなってしまう。
「正解のない時代」と言われるが、それは同時に「どんな選択をしても後悔の可能性がある時代」でもある。何かを選ぶということは、他の可能性を諦めるということでもある。そんな状況では、決断を下すこと自体にストレスを感じるようになってしまう。
こうしたことを考えているうちに、一つの仮説が浮かんでくる。もしかすると、この生きづらさは自分の問題ではなく、社会の構造的な問題なのではないか。過剰な競争、画一的な価値観、弱者への不寛容、情報過多。そうした社会の特徴が、多くの人に息苦しさを感じさせているのではないか。
「自分が悪い」と思って自己改善に励むよりも、むしろ「社会が悪い」と考えて、そうした構造を変えていくことの方が重要なのかもしれない。個人の努力では限界があるが、社会を変えることができれば、多くの人の生きづらさを解消できるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます