第2話 悪いのは自分?

最初に思い浮かぶのは、やはり自分自身への疑問だった。もしかすると、この生きづらさは自分に原因があるのではないか。そう考え始めると、次から次へと自分の欠点が浮かび上がってくる。


「自分がもっと空気を読めれば、きっと職場でのやり取りもスムーズになるだろう」。


そんな風に思い始めると、他の人たちがいかに上手に立ち回っているかが目につくようになる。会議での発言一つとっても、タイミングといい内容といい、みんな絶妙にバランスを取っている。それに比べて自分はどうだろう。発言すべき場面で黙っていたり、黙っているべき場面で余計なことを言ったりしてしまう。


「きっと私の空気の読み方が下手なんだ」と結論づけてしまう。そして、もっと周りを観察し、もっと相手の気持ちを汲み取る努力をしようと決意する。でも、そうして神経を尖らせていると、今度は疲れてしまう。常に周りの顔色を伺っているような状態は、想像以上に消耗する。


次に浮かんでくるのは、努力不足への疑いだった。


「自分が十分に努力していないから、思うような結果が得られないのではないか」


確かに、周りを見渡してみると、みんなそれぞれに努力している様子が見える。早朝から勉強会に参加している人、休日も自己研鑽に励んでいる人、資格取得に向けてコツコツと準備を重ねている人。


そんな人たちと比べて、自分はどうだろう。仕事が終わると疲れてしまって、新しいことを学ぶ気力が湧かない日も多い。休日は家でゆっくり過ごすことが多く、特に生産的なことをしているわけでもない。「これじゃあ成長できないし、評価されないのも当然だ」と思ってしまう。


そして、「弱音を吐くのは甘えなのでは」という疑問も頭をもたげてくる。確かに、周りの人たちは愚痴や弱音をあまり口にしない。いつも前向きで、困難に直面してもそれを乗り越えようとする姿勢を見せている。それに比べて自分はどうだろう。少し嫌なことがあるとすぐに落ち込んでしまうし、理不尽だと感じることがあると心の中で文句を言ってしまう。


「みんなは強いのに、自分だけが弱いのかもしれない」


そんな風に思うと、自分の感じている生きづらさや息苦しさも、単なる甘えに思えてくる。「もっと強くならなければ」「もっと我慢しなければ」「もっと前向きにならなければ」。そんな「しなければ」が頭の中で渦巻き始める。


こうした内省を重ねているうちに、だんだんと一つの結論に向かって思考が収束していく。「やっぱり自分が悪いのかもしれない」と。空気が読めない自分、努力が足りない自分、弱音を吐いてしまう自分。そうした自分の至らなさが、この生きづらさを生み出しているのではないか。


そう思い始めると、今度は自己改善への意欲が湧いてくる。もっと人の気持ちを理解できるようになろう、もっと努力して成果を上げよう、もっと強い心を持とう。そうすれば、きっとこの息苦しさから解放されるはずだ。


でも、実際にそうした努力を始めてみると、新たな問題が浮かび上がってくる。空気を読もうとするあまり、自分が何を思っているのかわからなくなってしまう。努力をしようとするあまり、休息を取ることに罪悪感を覚えるようになってしまう。強くなろうとするあまり、弱い部分を見せることを恐れるようになってしまう。


そして何より、どれだけ頑張っても「これで十分」という感覚に到達できない。常に「もっと頑張らなければ」という焦りに追われ続ける。結果的に、生きづらさは解消されるどころか、むしろ強くなってしまうような気さえする。


「自分を変えれば解決する」と思って始めた取り組みが、かえって自分を追い詰めてしまう。この矛盾に気づいたとき、別の疑問が頭に浮かんでくる。「もしかすると、問題は自分ではなく、他のところにあるのかもしれない」と。


自己否定のスパイラルに陥っていることに気づいたとき、視線は自然と外の世界へ向かい始める。自分を責め続けることで解決の糸口が見えないのであれば、もしかするとこの生きづらさの源泉は、自分の外側にあるのかもしれない。社会の構造や仕組み、あるいは周りの環境に目を向けてみる必要があるのかもしれない。


そんな風に考え始めたとき、これまでとは違った角度から自分の置かれた状況を見つめ直すことになる。果たして、この息苦しさの正体とは何なのか。そして、その答えはどこにあるのか。

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