【小説版】第一章 エレナの帰還
ヘリオスナイトの帰還・エレナ
プロメテウスの炎
第一話 『帰還』
序
戦争があった。人間の王国と海の向こうから攻めて来た魔族は互いに
十一年争い、昨夜の最後の戦いで魔物は撤退し、人間がようやく勝利した。
戦場では魔物は死に、兵士は斃れ、武器や旗はそこら中に散乱していた。
煙が立ちこめ、風が吹きすさぶ荒野で、ある魔物の骨と一人の魔法使いが
出会った。戦争の終わった荒れ果てた大地でたった二人生き残った者は自然と
話し込み、次第に二人の前に夜明けが近づいて来ていた。
「そうか…」
「最後の戦いで 仲間は…皆逝ったか…」
魔物の骨はそう言うと、魔法使いの先行きを問うた。
「これからどうするつもりだ 魔法使いよ…」
少女の荒れた肌に風が冷たく当たる。
「さあな…」
少女は自嘲気味にそう呟いた。
「この先 軍に戻っても自由はないだろうし…」
「お前こそどうするんだ? 仲間は皆海の向こうだぞ?」
「うむう……」
「ハハ 置いてかれちまったな」
魔法使いはそう笑うと、静かに地平線を見つめ呟いた。
「あーあ…あてがねえな………」
風が吹き彼女の髪がなびく。すると、俄に雲の切れ目から陽が差し始めた。
「フム…ならば一つ頼みがある」
魔物の骨は竜の上顎を持ち上げ、仰々しく魔法使いに話を持ち掛ける。
「お前がこれから生きて行くための たったひとつの頼みだ」
「少女よ 私を連れて旅をしろ」
太陽が辺りを照らし、魔物の骨に光を当てる。
魔物の骨はすでに瘴気の無くなった体でこう続ける。
「そして私を…生き返らせろ」
「何…?」
「私は人間界が見てみたかった…そして…人間のように生きてみたかった…」
「私は…破壊者ではない魔物になりたい…」
魔法使いは太陽の光を浴びながら顎に手を当て考える。
「…ふむ…」
少女は、魔物の骨の真っ黒な目の穴の暗さを見つめ返した。
「まあ…退屈しのぎくらいにはなるかもな…」
「いいだろう 私がお前を」
「連れてってやるよ…」
日差しが、砂と血の匂いのする戦いの終わった荒野を照らしていた。
1
「ほう…あれが王都か、エレナ」
出会いから三年、魔法使いと竜の骨は戦場を旅立ち、ついに王都に
たどり着いていた。高台の展望広場に立つエレナは竜の骨と共に王都を眺める。
「やっと着いたな…長かった」
魔法使いの少女、エレナは16歳になっていた。
「動員から5年か…」
『…風の匂いも変わったな…』
エレナの横を、少し暖かい秋の始まりの風が吹き抜ける。
広場の周りは緑の背の低い草がざあざあと風に吹かれていた。
樽の上に置かれている竜の骨、サマエルは、空洞の眼窩から
エレナと共に展望広場の先の王都を見渡す。
「見ろ 王城まで損傷しているぞ」
エレナもそれに気づき、遠くを見ようと目を細める。
「なんだと…まだ修理も始まってないとは 財政難も極まれりだな」
「だが 城下町の方を見てみれば…終戦から三年でこれほど賑わいを
取り戻すとは…人間とは恐ろしいものだな…」
「魔物が言う言葉かよ…」
エレナはサマエルの言葉に軽く呆れ、サマエルを手に持ち背嚢の中に収納した。
「さて…王都に来たからには諸々見て回りたいが…今は少し動きづらいな」
「魔物との戦争終結を祝う祭りか…旅行者も市民もごった返しで…」
サマエルは遠くの魔力を感じようと精神を統一し始める。城下町には多くの
民衆が集まり、祭りの準備に明け暮れていた。エレナは再び王都を見つめ、
人々の賑わいに視線を移す。
「軍の警備がかなりの量居るな…中心区街に入れば確実に…見つかるだろうな」
軍に見つかる面倒ごとを避けたいエレナとサマエルは、このまま中心区街には
行きづらい。するとサマエルは、そこでエレナにある提案をした。
「ならばエレナよ 私から一つ提案なのだが…」
「遺跡に行ってみないか?」
「遺跡…王都の…七大遺構ってやつか…?」
「ああ 南の方を移動しているときに噂を聞いた」
「なんでも 太古の王家の宝物が奥深くに眠るとか…」
「けど 私は別に宝なんかに用はないぞ」
「宝があるかはともかく…中には巨大なからくりの番人がいるらしいぞ?」
「からくり兵………」
「手掛かりになると思わないか?『私の体を作るのに…』」
「…自立稼働する巨大なからくりの魔力構成…確かに 手始めにはちょうどいい」
「よし ならば行くとするか 遺跡の攻略に…クク…」
エレナはサマエルを背負い、展望広場の階段を下りて行った…
2
『大尉!ここはもう駄目です!撤退を…!ぐわっ!』
『駄目だ!周りを囲まれた!もう駄目か…』
戦争の最中、彼らの部隊は魔物達に取り囲まれていた。魔物の呻きと唸りが
響く中、疲弊した隊員たちは一人また一人とやられていく。
部隊は壊滅かと思われた時、一つの影が奔った。
『なんだ!?南から増援!』
その影は炎を発し、次々に魔物を殲滅していく。
『一人だと!?』
金色の髪に白金の衣装。耳には甲高い音の鳴る太陽のしるし。
部隊の少尉、ライサンダーはその姿に驚愕する。
『まさかあれは…!!!』
「はあ…はあ…ハッ!」
「またあの夢か…」
ライサンダー少佐は四年前の戦いの夢を繰り返し見ていた。
日差しは暖かく、白いカーテンが揺れていた。
ライサンダーは廊下を歩きながら部下から定例の業務の報告を聞く。
「例の追跡はどうなっている?」
「三日前に現れて以降 姿をくらませています
やはり祭りの騒がしさを警戒しているのでしょうね…」
「警戒を怠るな 祭りの警備に当たっている兵士にも探知機を配備しろ」
「はっ!」
「しかし このめでたい時だってのに 凶悪犯を確保できないでいるとは…」
部下の青年は自らの所属する組織の不手際に嘆きの言葉を述べる。
「せめてもう少し夜間哨戒に強い人員を割くことが出来れば…」
ライサンダー少佐は非難にならぬよう鼓舞の意図で語気を強めた。
「弱音を言うな 王都の復活を象徴する重要な祭りだ」
「まずはこの一週間を乗り切らねばな…」
ライサンダーは少しの間沈黙すると、部屋の扉を開ける前にこうつぶやいた。
「民衆の平穏を守れてこその王都警備隊だ 気合を入れて行くぞ」
王都警備隊。戦争終結後にウェスト・ランド少将が結成した王都治安維持部隊。
今日もその本部には程よい緊張感の空気が漂う・・・。
「少佐 少しいいですか…」
ライサンダーの部下の魔法使い、白銀の髪色をしたレイテ少尉が少佐を呼ぶ。
「なんだ」
するとレイテ少尉は懐からとある計測記録を取り出した。
紙面には王都の地図と魔力反応の波形、そして巨大な魔力の反応が刻まれていた。
「索敵魔法使いたちがキャッチした魔力です」
ライサンダー少佐は冷静な判断で誤針を疑う。
「…一時的な放出のバグということは無いか?」
「いえ あらあらしい軌跡ではありますが
この量を誤針で検知したことはこの三年ありません」
レイテ少尉の柔らかい声の言葉にライサンダーは額を歪ませる。
ライサンダーは警戒の気配を強め、部屋の空気が一変する。
「ということは…現状この王都で一番の警戒対称かもしれないと…」
「…まさか!!」
ライサンダーは何かに気付いたように剣を取り支度にとりかかる。
「行くぞレイテ この魔力の持ち主を追跡する」
「よろしいのですか!?」
「構わん この魔力の持ち主を野放しにするわけにもいかない」
『これは…もしかすると…』
『あの「太陽神のみ使い」かもしれん!!』
『俺たちの部隊を助けた あの!!』
ライサンダ荷物再びのかの金髪の戦士との邂逅の予感に、心が高揚をしていた。
3
レコンキスタの奇蹟をくれた 太陽神様 勝利をくれた
王都の噴水広場の前で、エレナは民衆たちの歌を聴いていた。
「……」
エレナは神妙な面持ちでそれを眺めている。一方サマエルは、噴水広場から
広がる水路の構造に関心を示していた。
「水を利用した空間演出か…人間の考えることはどれも面白い…」
サマエルは思い出したようにエレナに道のりについて話しかける。
「エレナ 一番近い遺跡への道は判ったか?」
「ああ この先の通りを南西に向かったところだ」
エレナは手元の地図に目を戻しながら答えると、帽子を調整して髪を整える。
「しかし 大した賑わいだな 祭りの準備だけでこれだけ人が集まるとは…」
サマエルは荷物の中から覗き見える人の多さに感嘆し、辺りの声を聞く。
するとある男が辺りに向かって手を振り、こう言って周囲を誘い出した。
「オーイ み使い様の話を聞きたいやつ!集まれ!軍人から聞いた話だよ」
あたりの人間たちは呆れるものと面白がるものに分かれ、彼の周りを囲む。
「オヤジさん またそれかよ もういい加減聞き飽きたぜ」
男はかぶりをふって否定し、今日はもっと面白い話があると続ける。
「イヤイヤイヤ、これは新しく仕入れた 戦況を覆した天使の話! 聞きたいだろ」
「なんでも戦場で起きた最後の大爆発のあと み使い様たちは一人も見つかっていないらしい」
エレナはその言葉を聞いた瞬間僅かに表情を歪ませ、声のする方を見た。
「それがあの爆発がみ使い様たちの奇蹟の技だと…」
エレナ「……」
「行くか」
「さすがにここは居心地が悪い」
エレナはそういうと帽子を深くかぶり直し、馬車の通り過ぎた向こうに消えた。
歌声はいまだ広場に響いていた。
レコンキスタの奇蹟をくれた 太陽神様 勝利をくれた
4
エレナとサマエルが進んできた先には、小屋や無計画に増築された
乱雑な造りの建物が立ち並ぶ難民街があった。
「…難民街か…仕事も場所も飽和してしまったのだな…」
サマエルは低い声であたりの匂いを感じながらつぶやく。
「…南部は瘴気の影響で不毛の地だ 村も街も
ほとんど空襲で破壊されているからな…」
魔物の信仰した先には魔物の体から瘴気がまかれる。それにより、
人の大地は不毛化してしまうのだ。
エレナは考え込みながら歩いていると、走って来たとある少女にぶつかった。
「うわっ!?」
「ごっごめんなさい!」
少女は慌てて謝罪し、頭を下げる。少女の黒髪が揺れた。
「ああ こっちこそすまない」
サマエルは少女の荷物を感じ取る。
「この娘…行商か?」
「……どうした!?急いでいるのか?」
エレナの質問に少女は落ち着かない様子で矢継ぎ早に答える。
「わっわ!私!お父さんと一緒に王都に…でも!どうしよう…!」
『この焦り方…普通じゃないな このスラムで親とはぐれたのか?』
エレナは少女の腕を優しく掴むと、少女に問いかけをした。
「落ち着いて…何があったんだ…?」
少女はか細い声で答える。
「父ちゃん…父ちゃんが…遺跡に…!」
「この娘の父親 単身で遺跡に行ったのか!!」
「お金のためだからってあんな危険な場所に行ったら…!私心配で…!」
「あの人 全然強くないのに一人で抱え込むタイプだから…」
少女は頭を掻き、心配をこらえきれなくなった様子で駆け出した。
「もう!!こうしちゃいられない!!わたしが探してきます~~~!!」
エレナ「あ!待って…!!」
サマエル「…父親似なのかな…」
サマエルはそうつぶやいた後エレナの様子をうかがった。
エレナ「…なんて子だ……」
エレナは少女を追いかけるため、遺跡への足を急がせた。
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