第14話「脅迫状が届きました」④

「会長は大丈夫なの!?」


美琴が血の気の引いた顔で、山口に詰め寄る。

美琴には珍しく、取り乱した様子で声を震わせていた。


「それが……」


山口が何かを言いかけた時、その後ろからもう一人が顔を覗かせた。


「大丈夫ですよ」


その場にいた全員が、目を見開いた。


「会長!?突き落とされたんじゃ……」


湊斗がいつもの何食わぬ顔で現れたのだった。


「そうです。でも、受け身を取ったので問題ないですよ」


湊斗は勉強だけでなく、運動神経も抜群であった。

階段でかに押された直後、アクション俳優さながらの前方宙返りで華麗に着地したため、無傷で済んだのだ。


「無茶苦茶だな、お前……」


渡辺が呆れ顔でつぶやくと、皆がぽかんとした表情で湊斗を見つめていた。


「何とでも言ってください」


湊斗は何事もなかったかのように自身の席に向かおうとしたが、途中でその足をぴたりと止めた。


「……涼、乃?」


湊斗は面食らった表情を浮かべ、その場に立ち尽くした。


「み、湊斗……大丈夫なの?」


気遣わしげな顔で涼乃が尋ねるが、湊斗は状況が吞み込めず、固まったままであった。


「もしかして……君たちは幼馴染なのかい?」


蒼太が問いかけると、二人は視線を落とした。

先ほど屋上で、涼乃が咄嗟にと呼んだことから、二人には何か特別な関係があると踏んでいた。


「そう、ですね。最近は全然話せてませんでしたが……」


涼乃の言葉を否定することなく、湊斗は黙っていた。


「だから、親衛隊の過激な行動を止めようとしたんですね」


美月の言葉に湊斗は目を見開き、ぱっと涼乃に視線を向けた。


「お前っ……余計なことを」


湊斗は言いかけた言葉を飲み込み、小さくため息をついた。


「なんて言われてもいいよ。湊斗がもっと自由に生きてくれれば」


「もう十分生きてるよ。ほっといてくれ」


二人の間にぎこちない空気が漂う。


「事情を聞いてもいいかい?」


蒼太が優しく二人に問いかけた。

涼乃がちらりと湊斗を見ると、止める素振りはなく、黙ったままであった。


「……皆さんも、湊斗の家があの『氷山グループ』なのはご存知だと思います」


湊斗の家は、曾祖父から続く有名な大企業『氷山グループ』の本家であった。

湊斗は、いわば御曹司である。


「湊斗にはお兄さんが二人いるんですが、小さい頃から後継ぎになるお兄さんたちばかりが優遇されて、ご両親は湊斗に無関心でした」



8年前――


「湊斗、また泣いてるの?」


涼乃は、広い庭の木の下でうずくまっている湊斗に声を掛けた。


「だって、お父さんもお母さんも、僕のことを全然見てくれないんだ」


両親の視線は、いつも兄たちにだけ向けられていた。

両親には自分が見えてないのではないかと思うほど、家の中では空気のように扱われていた。


そんな中、唯一覚えている父親からの言葉があった。


「婿養子を取ってグループを拡大するつもりだったが、また男では無駄になったな」


言葉の意味はわからなかったが、自分の存在が望まれてないことだけは感じていた。


「僕が何でも一番になれば、お父さんとお母さん喜んでくれるかな?」


湊斗は、赤く腫らした目を涼乃に向けた。

その瞳には、今にも消えそうな小さな光がゆらゆらと揺れていた。


「うん!喜んでくれるよ!『湊斗凄いね』ってたくさん褒めてくれるよ!」


その言葉が、湊斗に呪いをかけてしまったのかもしれない。

湊斗は瞳を輝かせ、嬉しそうに微笑みながら力強く頷いた。



その日を境に、湊斗は変わっていった。

涼乃の言葉を信じ、それを叶えるように、努力を重ねた。


成績は常にトップを取り続け、美術、音楽の分野でも様々な賞を取り、学級委員から生徒会長まで、『一番』になることに執着した。


彼の努力は、やがて称賛よりも嫉妬を生むようになり、気づけば周りは敵ばかりになっていた。

そんな中でも一人、努力を続けてきた。


しかし、両親から認められることは一切なかった。

それでも湊斗は『一番』を追いかけ続けた。





「私のせいで、湊斗はずっと『一番』になるためだけに生きてるように見えて……だから止めたかったんです」


涼乃は、瞳に溜まる涙が零れないようぎゅっと眉を寄せ、絞り出すような声で話した。


「そんなことがあったのね……」


美琴が顔を歪ませた。


「そうか。あからさまに氷山くん以外に脅迫状を送ったのは、選挙の妨害でもあったんだね」


蒼太の言葉に、涼乃が小さく頷いた。


「俺は、俺のやりたいようにやってるだけだ。……もう、誰のためでもない」


湊斗の声が、かすかに震えた。

しかし、その瞳はただ、まっすぐ前を向いていた。


「でも……!」


「ありがとう、涼乃」


湊斗は、涼乃に顔を背けたまま、そう一言告げた。

涼乃の瞳に溜まっていた涙が、そっと一筋流れ落ちた。



「会長、案外生徒会ここでは生き生きしてるのよ?」


美琴は、ぽんっと涼乃の肩に優しく手を置いて微笑んだ。


「そうだな。各部活の予算希望を却下する時なんて、相当生き生きしてるぞ」


渡辺は腕を組みながら、共感するように頷いた。


「はいはい、その通りですよ。涼乃、佐倉先輩と伊勢山先輩に謝りに行くぞ」


湊斗は怪訝な顔をしながらも、涼乃に手招きした。


「あ、涼乃ちゃん。一つ気になることがあるんだ」


蒼太がポケットからあるものを取り出した。


「この写真を撮ったのは君かい?君が撮ったにしては、が高い気がしてね」


取り出したのは、脅迫状に入っていた川瀬と有栖川の写真であった。

離れたところから撮られたようだが、二人の身長を越える目線で撮られていた。

小柄な涼乃が撮ったにしては、違和感のある画角であった。


「え……?私、写真なんて入れてません。手紙だけです」


涼乃はかすかに唇を震わせた。


「……それじゃあ、写真は別の誰かが入れたということですか?」


美月は目を見開いて、蒼太の方を見つめた。


「そうなるね」


蒼太の表情が険しくなる。


「それに、氷山くんがあまりにも冷静だからちょっと忘れかけてたけど、君を突き落とした犯人もまだわかってないよね?」


「はい、振り返った時にはいなくなってたので」


湊斗が頷く。


「今回の件には、まだ別の犯人が潜んでいるようだね」


蒼太はを写真を見つめたまま、静かにそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る