EP 7

小さな体に宿る野望

その夜、カーナス家の食卓は、ランプの揺れる灯りの下で少しだけ重い空気に包まれていた。

リアスは子供用の椅子に座り、母マリアに木のスプーンで野菜スープを食べさせてもらいながら、向かいに座る両親の会話に黙って耳を傾けていた。

「どうするか……リアスの将来は……」

父ダゴスが、太い腕を組んで唸る。元Bランク冒険者だった彼にとって、スキルの序列と世間の評価がいかに厳しいものか、痛いほど分かっていた。

「まだ、魔法使いになるっていう道も閉ざされたわけではないでしょう? リアスは魔力も豊かですし」

マリアが、必死に希望を探すように言う。

「それもそうだが……やはり、いざという時のために、俺がリアスに農業の基本をしっかり教えてやるのが一番じゃないかと思うんだ」

「でも、それじゃああの子の可能性を狭めてしまうわ」

「だけどな、マリア。鉄の釘をコロコロと動かすだけじゃ、冒険者にも騎士にもなれん。俺みたいに、危険な目には遭ってほしくないんだ」

「だからこそよ、あなた。もっと真剣に、あの子の力の使い道を一緒に考えてあげないと」

心配そうに顔を曇らせる両親。その愛情は痛いほど伝わってくる。だが、リアスはスプーンから零れたスープを口の周りにつけながら、内心では全く違うことを考えていた。

(やれやれ……父さんも母さんも、あのシスターの言葉を真に受けすぎだ)

リアスは、女神アクアの言葉をはっきりと覚えていた。

――『それは貴方の使い方次第です』

(鍛え方次第、応用次第ってことだ。あのシスターは、応用力ってものが全くないらしい。鉄釘が動かせるなら、もっと小さくて軽い砂鉄なら、もっと簡単に、もっと大量に動かせるに決まってる)

リアスの小さな頭脳が、前世の知識とこの世界の情報を組み合わせて、高速で回転し始める。

(砂鉄なんて、そこら中の土や川底に混じってる。つまり、俺のスキルにとって、素材はほぼ無限だ。そうだ、クリアウォーター川の川底には、上流の鉱山から削れた砂鉄が大量に堆積しているはず……!)

そこまで考えた瞬間、リアスの脳内に悪魔的な、いや、天才的な閃きが走った。

(スキルで川底の砂鉄だけを集めて、不純物を取り除いて、純度100%の鉄の塊を作る。それをたまに来る行商人か、商業ギルドの買い付け隊に売ったら……ボロ儲けできるんじゃないか!?)

鉄は、この世界でも重要な資源だ。農具に、武具に、生活用品に、何にでも使われる。純度の高い鉄なら、鍛冶屋が高値で買い取るに違いない。

(金があれば、父さんの古くなった鍬(くわ)を新調してやれる。母さんの薬草畑に、冬でも薬草が育てられるガラスの温室だって建ててやれるかもしれない……!)

自分のためだけじゃない。この愛情深い両親を、楽させてあげることができる。

そう思った瞬間、リアスの胸の奥から、今までに感じたことのない熱い感情が込み上げてきた。

前世で7年間、ただ無気力に時間を浪費していただけの自分が、今、自分の力で未来を切り拓く計画を立てている。その事実に、武者震いがした。

(面白くなってきたな)

リアスは、心配そうな顔で見つめ合う両親の足元で、スープまみれの口元に、にやりと笑みを浮かべた。

その小さな体に、大陸の鉄の相場すら揺るがしかねない、とてつもない野望が宿ったことを、まだ誰も知らなかった。

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