EP 6
鉄を操る少年(アイアン)
月日は流れ、リアスは3歳になった。
赤子の頃から続けてきた魔力循環の練習と、母マリアの愛情たっぷりの「聖なる光(ヒール)」のおかげで、彼の体には同年代の子供とは比べ物にならないほどの魔力が満ちていた。そして何より、前世の記憶を持つ彼は、この日をずっと心待ちにしていた。
「今日は、村の礼拝堂でスキル授与の儀式がある日だな」
朝食の席で、父ダゴスが少しそわそわした様子で言った。
「えぇ。リアスはどんなスキルを授かるのかしら? とっても楽しみだわ」
母マリアは、期待に胸を膨らませて微笑んでいる。
「何かな〜?」
リアスは子供らしく首を傾げながら、内心でガッツポーズを取っていた。
(ついにこの時が来たか……! 俺のスキル、【アイアン】。今日からお前が、俺の相棒だ!)
女神アクアから告げられたスキルの発現。この日のために、彼は魔力の基礎を固め続けてきたのだ。
一家は少しだけよそ行きの服に着替えると、村の中央にある聖ルミナ礼拝堂へと向かった。中では、同じ年に生まれた数人の子供たちとその親が集まっている。儀式を執り行うのは、街から巡回でやってきた初老のシスターだ。
やがてリアスの番が来た。
「それでは、リアス君。前へ出て、この女神像に祈りを捧げてください」
「はい、シスター」
リアスは小さな足で歩み寄り、純白の石でできた女神ルミナの像の前に立つ。そして、教えられた通りに小さな手を合わせた。
(アクア様、こんちはです。ちゃんと約束通り、スキルくださいね)
心の中で女神違いの挨拶を送ると、女神像が淡い光を放ち、その光がリアスの体にすぅっと吸い込まれていった。同時に、頭の中に声が響く。
――スキル【アイアン】を授けます――
体の奥底で、今までただ循環させていただけの魔力が、一つの明確な形を持つ感覚。鉄という元素と自分の魔力が、細い糸で繋がったような不思議な感覚だった。
ダゴスが、期待と不安の入り混じった声でシスターに尋ねる。
「それで、息子のスキルは一体…?」
シスターは目を閉じ、鑑定の魔法を使ったのだろう、しばらくしてゆっくりと目を開けた。
「……【アイアン】、ですか。なるほど、鉄を操作するスキルのようですね」
「鉄を?」
マリアが不思議そうに繰り返す。周囲の親たちも、「なんだそのスキルは」「聞いたことがないな」とひそひそ話している。
シスターは懐から錆びた一本の釘を取り出し、リアスの前の床に置いた。
「リアス君、その釘に向かって、スキルを発動してみてください」
「はい!」
リアスは釘に意識を集中させる。
(動け……動け!)
「アイアン、発動!」
すると、床に置かれた釘が、カタカタと微かに震え、数センチほど「コロコロ…」と転がった。
それを見たシスターは、特に表情を変えることなく頷いた。
「まぁ、こんなものでしょう。生活の役に立つかもしれませんが、戦闘向けではありませんね。帝国にわざわざ報告するまでもないでしょう」
その言葉は、ある種の「無価値」の烙印だった。
周囲の親たちから、安堵とも憐憫ともつかない空気が流れる。
しかし、ダゴスはそんな空気を吹き飛ばすように、リアスの頭を大きな手でわしわしと撫でた。
「ま、まぁ、良かったじゃないか! なぁマリア! 人間の価値はスキルだけで決まるもんじゃない! リアスは俺たちの自慢の息子だ!」
「えぇ、本当にその通りよ! リアスはリアス! 私たちの、世界一可愛い子供ですもの!」
両親の力強い言葉に、リアスは胸が熱くなるのを感じた。
(父さん、母さん……)
「では、次の方、どうぞ」
シスターの事務的な声と共に、リアス・カーナスのスキル授与式は、静かに幕を閉じた。
村人たちの目には「ちょっと珍しいだけの、ハズレスキル」。
だがリアスは、そして彼の両親だけは知っていた。
――これが、始まりに過ぎないということを。
リアスは、自分の内に秘められた、無限の可能性を確信していた。
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