EP 8

鉄屑と空歩

スキル授与式から数ヶ月が経ったある日の昼下がり。

リアスは一人、村の中をてくてくと散歩していた。もちろん、ただの散歩ではない。彼の意識は常に地面の下、土の中に含まれる微かな鉄の存在へと向けられていた。

(よしよし、集中すれば半径3メートルくらいの砂鉄なら、霧みたいに集められるようになってきたぞ。あとは、これをどうやって誰にも見られずに川まで運ぶかだな……)

そんな風に、3歳児らしからぬ壮大な計画に没頭していた、その時だった。

背後から、傲慢で子供っぽい声が投げつけられた。

「よぉ! 鉄クズ!」

その単語に、リアスはピクリと眉を動かし、ゆっくりと振り返る。

そこには、腕を組んで仁王立ちする、豹柄の耳と尻尾を持つ少年がいた。シャルムだ。彼の両脇には、村の悪ガキであるアックスとサーベルが、虎の威を借る狐のように控えている。

「え!?」

リアスが戸惑ったふりをすると、取り巻きの一人、アックスが威張って胸を張った。

「てめぇ、知らねえのか! こちらは、このルーカス村のガキ大将、シャルム様だぞ!」

「そうだ! そうだ!」

サーベルが甲高い声で続く。

「教会ですっごいスキルを貰った、天才様なんだ!」

シャルムはふんと鼻を鳴らし、顎をしゃくり上げてリアスを見下した。

「だからよぉ、俺様が通ったら、お前は地面に頭を下げんだよ。分かったか、鉄クズ!」

その言葉に、リアスの心は急速に冷えていった。

(はぁ……めんどくせぇ。こっちは自分のスキルをどう金に換えるかで忙しいってのによ)

前世で散々味わった、他人からの侮蔑。だが、中身が25歳のリアスにとって、3歳児の虚勢など、もはや可愛くすら思えない、ただただ面倒な障害物でしかなかった。

リアスが無視を決め込もうとすると、シャルムはカチンときたのか、一歩前に出て凄んだ。

「オラァ!? 聞こえねえのか! 頭を下げろって言ってんだよ!」

その瞬間、リアスの中で何かがプツリと切れた。

(分かったよ。お前がそのすごいスキルとやらで、俺より上だって言うんなら……見せてやるよ。俺のスキルの、本当の使い方を)

リアスはうつむき、肩を震わせているように見せかけた。

(――アイアン!)

彼の足元の土が、誰にも気づかれぬほど微かに蠢く。スキルを発動し、地面に含まれる大量の砂鉄を意識の中に捉えた。そして――それを弾丸のように解き放つ。

シャルムが勝利を確信してニヤリと笑った、その時だった。

足元の地面から黒い砂埃が竜巻のように舞い上がり、シャルムの顔面を直撃した。

「うわっ!? ぐっ、目、目がぁ!」

砂鉄の集中攻撃をまともに食らったシャルムが、両手で目を押さえてうずくまる。

好機、逃がさず。

「舐めんなよ!」

リアスは子供とは思えぬ低い声で呟くと、無防備なシャルムの頬に、渾身の右ストレートを叩き込んだ。中身が25歳とはいえ、所詮は3歳児の拳。威力などたかが知れている。だが、不意を突かれた衝撃と屈辱は、シャルムのプライドを粉々にするには十分だった。

「て……やったな!」

目から涙を流しながらも、シャルムは獣のような咆哮をあげてリアスに飛びかかった。

そこからは、もはやスキルも何もない、ただの子供の喧嘩だった。取っ組み合い、転げ回り、互いの顔を引っ掻き、泥だらけになって殴り合う。

「シャルム様をよくも!」

「やっちまえ!」

取り巻きたちが騒ぎ立てる中、リアスとシャルムはただ無我夢中で拳を交わした。

その騒ぎが、ついに大人たちの耳に届いた。

畑仕事から戻ってきたダゴスと、家から飛び出してきたジャガルが、血相を変えて駆けつけてくる。

「やめんか、シャルム!」

ジャガルの雷のような怒声が響く。

「リアス! お前、何やってるんだ!」

ダゴスの焦った声。

二人の屈強な父親に、リアスとシャルムはそれぞれ片手でひょいと持ち上げられ、泥だらけの乱闘は、強制的に幕を下ろされたのだった。

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