綺麗な子
宝石のようにきらきらと目を輝かせ、世界を見つめる目が閉じられている。その目を見られないことを少し惜しく思う。瞑られた目は長いまつ毛がいつも以上に際立ち、眠る様子までも綺麗なのだなと思わせられる。その上私のような容姿も性格もはっきりと良いとは言い難い人にも仲良くしてくれるという性格までも素敵な人。自分には無いものに惹かれるからか面食いだからか、私は麗奈の顔がたまらなく好きだった、度々劣等感に苛まれることはあっても麗奈乃前では全てが霞むと思えるほどに顔が好き。
放課後の静かな教室にはどこか屋外の部活の掛け声や、隣のクラスの陽気な話し声が聞こえてくる。ぼんやりと園音を聞きながら今もすやすやと眠る麗奈乃顔をじっと見る。顔が本当に綺麗だから何を着ても似合うだろうなこの子は、私はよく着たくてもこれは可愛い子が着る様な服で、私には到底着れないなとなるけど、麗奈はそう言う経験があまりなさそうで、少し羨ましくなった。でも嫉妬なんてしない、綺麗な人はたくさんいるから一々嫉妬していたらキリがない。それに私の中では麗奈が誰よりも綺麗で、決して辿り着けない高みにあるようなものだから嫉妬するだけ無駄のような感覚があった。ただ、それでも羨ましいと思うことはあるけれど。
しかし、ここまで何度も繰り返した『綺麗』にも違いはある。笑う時の花の咲く様でありながらもはじけるような明るい顔、集中している時の凛としていて、でも決して冷たくはない顔、そして今の眠っている時の穏やかでいつもより少し幼く見える顔。どれも綺麗で別々の美しさがあり、何度見ても飽きない顔。
そんなことを考えながら見つめていると、長いまつ毛が震えあの綺麗な瞳が顔を出す。真っ黒だが、目が大きいためか光でいつもきらきらとしているあの目。今は寝起きだからかうっすらとしか開いていないけれど、それでも元々の顔がいいから様になっている。私の寝起きなんて顔が大仏の様なのに。
「おはよ、ずっとここにいたの?電車乗れなかったでしょ、起こすなり置いてくなりしてくれてよかったのに」
声が少し眠たげで若干呂律が回っていない、あまり見ない姿が可愛らしくてもう少し寝かせてあげたくなる。
「待ちたくて待ってただけだから気にしなくていいよ、やらなきゃいけないことがあるわけじゃないし。それに最近疲れてそうだったから起こさない方がいいかなって思って起こさなかった」
しっかりと麗奈の言葉を聞いていたのに音としてしか聞いていなかったから、言葉を言葉としてすぐに頭が理解できていない。うまく返事をできているか不安になり少しドギマギしていると、麗奈は何が面白いのかくすくすと笑っている。
「何が面白いの?」
聞いてからもしばらく笑っていた、本当に何が面白いんだろう。
「麻美が今までに見たことないくらいぽかーんって顔してるのよ、豆鉄砲をくらった鳩なのかなってくらい。言い方悪くするといつも以上に間抜けっていうのかな、そんな顔」
たぶん本当にそうなのだろうと思った、それくらい麗奈の言っていることを理解するのに時間がかかったから。それよりも聞き捨てならないことが一つあったが
「いつも以上って、そんないつもが間抜けみたいなこと言わないでよ」
「悪く言えばの話ね、悪く言えば。なんて言ったらいいのかな、いつもはこう…おっとりしてるけど、それが強くて間抜けっぽく見えた感じ!」
「それって結局は間抜けってことじゃない?」
「じゃあ麻美は間抜けってことだね」
「なにそれ!」
そんなくだらない話をしながら、明日の授業はなんだったかと考えながらのんびりと帰る準備をしていると、麗奈が声を上げた。
「今行けば電車間に合う!」
そうとなれば急がねばと2人で階段を駆け降りる。駆け降りると言っても私はあたふたしていて少し遅く、麗奈は滑る様に降りて行く。もしかしたら私はかなり鈍臭いのではないだろうかと思ったが、息切れが酷くてそんなことを考える余裕はすぐに消え去った。
結果として電車には乗り遅れた。駅までケータイで何度も時間を確認しながら使ったが、私の体力不足と麗奈の時刻表の見間違いにより反対方向へ向かう電車が出て行くのを駅舎の外から見ることになった。どちらも情けなさで言えばどっこいどっこいだなと思う。
「ごめんね体力なくて、やっぱり体力つけるためにも運動しようかな」
「私の方こそ時間見間違えちゃってごめんね、私のこと待っててくれたのに」
ふう、と息をついて駅舎のベンチに腰をかけて顔を見合わせる。どちらも情けなくて、でもそれが面白くて思わず吹き出すとそれにつられてか麗奈も笑い出し、しばらく2人で笑っていた。笑っている麗奈の顔はとびきり綺麗でありながらもかわいい、私の知る中で麗奈の笑顔がどの表情よりも最高だった、誰よりも綺麗で素敵な顔。
「麗奈といると楽しくて好きだよ」
ふと口から出た言葉、それに麗奈はびっくりしたように大きな目をさらに見開いた、そしてゆっくりと瞬きし口を開く。
「私も」
そう言ってほほ笑む麗奈の顔は今までに見たことのないほど美しかった。口角を緩く上げ目を細めた穏やかな顔、駅舎の窓から差し込む夕日が麗奈をやさしく照らす、真っ黒で艶のあるさらさらな髪は夏の生ぬるい風に吹かれ、たおやかになびいている。その姿を言い表すには私の語彙力ではどんな言葉も足りない気がして、ただ美しいとしか言えないほど今まで見てきた中で一番素敵な表情をしていた。
「すごくうれしい、私も大好きだよ」
私の好きな声、透き通るような少し高くて綺麗な声。いつもの明るさ満点な声よりも少し低い穏やかな声。麗奈のこの言葉はきっと本心だと思う、容姿なんて気にせず私といることを本当に楽しんでくれてるんだと感じれる。
無言だけれど穏やかな時間だなとまったりしていると、ふいに麗奈の顔が近づいた。何、なんでこんなに近いの、すごい肌きれいで真っ白、目大きくて真っ黒でまつげ長い、うわほんとに顔が近い。と頭の中は大混乱で収拾がつかないが、どこか冷静に麗奈の顔を拙い言葉で分析していた。
「目閉じて」
さっきと同じ優しい声。自然と言われるがまま目を閉じる。さっきは気付かなかったけどすごく良い匂いがする、何の匂いかはわからないけどすごく良い匂い。
こんなことを考えるなんて、我ながら少し変態じみているなと思ったがそこは気にしないことにした。
まって、流れで言う通りにしちゃったけど何するんだろう。
また少し混乱してきたが怖くて聞こうにも聞けず、ただ固まることしかできないでいると下瞼あたりに手が触れた。何をされているのか全く分からない恐怖か緊張からか心臓がいつもより早い速度ではねていて、顔に熱が集まっていく感覚がする。
「よし、とれたから目開けていいよ」
え、と思った。こんなに緊張していたのに目元のゴミ取っただけなのかよ。
「ゴミあっただけならそう言ってくれればよかったのに」
「そうしてもよかったけどさ、いつも麻美に教えてもなかなか取れなくて結局は私が取ってるでしょ?それ考えたら私が取ったほうが早いし良いのかなって」
自分の不器用さがこんなところで仇になるとは思わなかった、少し悲しい。
「顔赤いけど大丈夫?」
「え、そんな顔赤いかな、べつにそこまで熱くないけど」
ふと思う、いつもと変わらない麗奈だと。さっきまでの今までにないほど落ち着ききっていた麗奈は幻覚だったのかもしれないと思うほどに学校での明るい麗奈と同じだった。
「電車まで一時間くらいあるし暇つぶしがてらコンビニ行こ、私お腹減っちゃったからごはんも買いたい」
声のトーンも仕草も学校の時と何も変わらない。麗奈の頬も少し赤い気がするけど、きっとこの夏の暑さか夕日のせいだろうと思い立ち上がる。
「じゃあいこっか、私もお腹減った」
長く伸びる影を見ながらコンビニへと向かうことにした。
顔だけじゃない、声も性格もすべてをひっくるめて麗奈といることが大好きだと気付いた。今まではずっと顔が好きだから一緒にいたいと思っていた、でもきっと麗奈の人を容姿などで区別しない性格にも無意識的に惹かれていたのだなと思う。今はまだ難しいけれど、いつか私も容姿を気にせずに過ごせたらいいなと思った。
短編集 @kero718
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