第12話 囮計画の再現



御影の言葉が胸に刺さったまま、夜は過ぎていった。

「代価はまだ支払われていない」――それは呪いのように耳から離れなかった。


翌日。

理科準備室に再び集まった僕と未來。机の上には、24歳の僕が残した手帳が広げられている。

そこには赤字でこう記されていた。


――〈囮計画。交差点を“舞台”に。録音必須。観測者を炙り出せ〉


「……やっぱり、これをやらなきゃいけないんだ」

僕が呟くと、未來は不安そうに首を振った。

「危険だよ。だって“囮”って……あなたをまた犠牲にする計画でしょ」


「でも、真相を暴くためには必要なんだ」

僕は拳を握りしめた。

「今度は一人じゃない。君と一緒にやる」


未來の瞳が揺れる。

その中にあるのは恐怖か、それとも覚悟か。



夕暮れ。

交差点近くの歩道橋の上から、僕たちは信号機を見下ろしていた。

羽村も呼んである。彼は緊張した顔で工具箱を抱えていた。


「このタグの信号を追うと、一点に集まるんだ」

羽村が差し出したスマホの画面には、複数の赤い点がひとつの場所に吸い寄せられている。

「観測地点……」僕は息を呑んだ。

それは校舎裏の古い倉庫。生徒ですら近寄らない、使われなくなった建物だ。


「ここから監視してるやつがいる」

羽村の声は確信に満ちていた。

「じゃあ今夜、囮を仕掛けてそいつを炙り出そう」


未來は唇を噛んで僕の腕を掴んだ。

「本当にやるの……?」

「やるしかない。俺たちの未来のために」



夜八時。

交差点に立つ僕の前で、赤信号が点滅を繰り返す。

遠くから車のエンジン音が迫る。

背筋に冷たい汗が伝う。

未來は歩道橋の上でスマホを構え、録音ボタンを押している。

羽村は倉庫へ向かっているはずだ。


――その瞬間、信号が突然切り替わった。

赤から青へ、そしてまた赤へ。

明らかに不自然な動き。


ヘッドライトが闇を切り裂いた。

ブレーキ音。クラクション。

だが車は僕の手前で急停車した。


運転席から顔を出したのは、見知った人物――担任の古賀だった。


「……先生?」


古賀は汗に濡れた額を拭いながら、うわ言のように呟いた。

「違う……俺はただ、頼まれただけなんだ……」


その言葉を残し、彼は運転席に崩れ落ちた。

ハンドルに突っ伏す姿。


駆け寄った未來が青ざめて僕を見上げた。

「誰かが先生を操ってる……!」


暗闇の中、倉庫の屋根の上に影が揺れた。

御影がこちらを見下ろし、冷たい笑みを浮かべていた。


「囮は成功だな。けど、お前たちの選択はまだ終わらない」


赤信号が夜を染め、空気が張りつめる。

――この計画の裏には、まだ“本当の黒幕”がいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る