第10話 24歳の僕の事件簿



図書館の閉館ベルが鳴る。

蛍光灯の白い光が次々と消え、書庫だけが薄暗く残った。

羽村に借りた合鍵で、僕は誰もいない奥の書架へと足を踏み入れる。


埃をかぶったファイルの山の中に、それはあった。

――革表紙の古い手帳。

背表紙にマジックで「CASE」と殴り書きされている。


ページをめくると、見慣れた字が飛び込んできた。

僕自身の筆跡。

だが日付は、僕が死ぬ直前の二十四歳のものだ。


〈ゼブラ作戦/囮/赤信号〉

〈録音者=M〉


“M”……佐倉未來。

指先が震える。

本当に彼女が録音者なのか?


さらにページをめくると、綴られていたのは“計画”だった。


――「交差点で囮になる。赤信号を突破させ、背後の存在を炙り出す」

――「録音は必須。真犯人を証明するため」

――「もしもの時、偽装工作を残す」


息が詰まる。

僕は二十四歳のとき、すでに“自分の死”を予測し、作戦を立てていたのか?


最後のページに、黒いインクで書かれた短い言葉があった。


――〈俺が、俺を殺す〉


背筋に冷たいものが走る。

その瞬間、机の端から紙切れがひらりと落ちた。

拾い上げると、それは図書カードの裏。


赤ペンで座標のような数字が記されていた。

理科準備室の時計と同じ“逆回転”のパターン。


そこへ、突然、書庫のスピーカーからノイズが走った。

「……聞こえるか」

男の声。低く、掠れている。

けれど、その声は間違いなく“僕自身”の声だった。


『俺は、もう一人の俺だ。

 未来を守るために、俺は死んだ。

 だが、それでも足りない。

 だから――俺が、俺を殺すしかなかった』


録音はそこで途切れた。


崩れ落ちそうになる膝を必死で支え、僕は深呼吸を繰り返す。

自分が自分を殺した?

どういうことだ?


考えを整理する前に、背後で足音がした。

振り返ると、暗闇に影が立っている。

御影――いや、“別ルートの僕”。


「やっと見つけたか」

彼は静かに笑った。

「それが“事件簿”だ。お前が真相に辿り着くために残した証拠だよ」


「……真相って何だ」

「単純さ。犯人は――お前だ」


その瞬間、非常灯が消え、書庫は完全な闇に閉ざされた。

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