第9話 未来の失踪



翌朝、教室の席は空っぽだった。

未來の机には、ノートも教科書も置かれていない。

朝のざわめきの中、担任が言った。


「佐倉は、体調不良で休みだ」


けれど直感が告げていた。

これは“ただの欠席”じゃない。


昼休み、羽村が駆け寄ってきた。

「カズ、これ見ろよ!」

スマホの画面に映っていたのは、例の鍵アカ。

最新の投稿が追加されていた。


――〈交差点で待つ。赤い光の下で〉


血の気が引いた。

これは、誘いだ。

だがアカウントは非公開。羽村がどうやって見ているのか尋ねると、彼は小さく肩をすくめた。

「招待されたんだよ、俺が」


招待? 誰に。

問い詰めようとした瞬間、昼休み終了のチャイムが鳴り、彼は人混みに紛れた。



放課後。

交差点へ向かうと、夕暮れの赤が街を染めていた。

車の流れ。点滅する信号。

そこで見つけたのは、電柱に貼られた古びたポスター。その端に、小さな付箋が隠されていた。


――〈理科準備室の時計。秒針は座標を示す〉


慌ててスマホのメモに書き写す。

秒針の逆回転。あれはただの異常じゃない、暗号だったのか。


ふと足元に視線を落とすと、道端に何かが落ちている。

拾い上げた瞬間、心臓が凍りついた。


それは――二十四歳の僕の名刺だった。

所属も住所も、死んだはずの僕の人生そのまま。

裏面には赤いペンでこう記されていた。


――〈次は彼女じゃなく、“君自身”が選ぶ番〉


手が震えた。

誰がこれをここに置いた?

未來はどこへ消えた?



夜。

自室の机で名刺を見つめる。

スマホが震える。非通知。

耳に当てると、御影の声が囁いた。


「彼女は“向こう側”にいる。……でも安心しろ、まだ生きてる」

「どこにいるんだ!」

「座標を読め。時計の秒針が示す場所に、彼女は囚われている」


通話は途切れた。

深い沈黙の中、名刺の赤い文字だけが滲んで見えた。


――未來は本当に僕を裏切ったのか。

それとも、誰かが彼女を利用しているのか。


窓の外、交差点の赤信号が夜の闇に揺れている。

まるで僕を誘うように。

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