第8話 御影の正体
夜の校舎。
窓から漏れる月明かりが廊下を斑に染め、僕の影を長く伸ばしていた。
理科準備室の時計が再び逆に回りはじめたとき、背後から声が落ちてきた。
「時間に触れると、壊れるんだよ」
振り返ると、そこに神崎――いや、“御影”と名乗る男子生徒が立っていた。
制服の第一ボタンを外し、余裕の笑みを浮かべている。
「……お前は誰なんだ」
僕の問いに、御影は首を傾げて笑う。
「誰、か。そうだな……ひとことで言うなら“別の結果から来た僕”だ」
空気が一瞬で凍りついた。
「何を言ってる」
「信じなくてもいい。でも、お前が死んだ未来を俺は見てきた。だからこうして、干渉してる」
御影の目は冗談を言っている色じゃなかった。
僕は無意識に一歩下がる。
「……どういうことだ」
「交差点の夜、お前は必ず死ぬ。それが“固定点”。どんなに足掻いても回避できない。俺はその証人だ」
心臓が締めつけられる。
「じゃあ……未來は?」
「彼女も運命を知っている。けれど救えなかった。だからお前に、もう一度の機会が与えられた」
御影の声が低く響く。
「言っただろ。彼女は“加害者”であり“被害者”だ。お前を殺すことで、お前を救う。矛盾みたいだが、それが現実だ」
僕は拳を握りしめる。
信じたいのに、信じられない。
「……証拠はあるのか」
御影は制服のポケットから一冊のノートを取り出した。
表紙には英語で「FIXED POINT」と殴り書きされている。
ページをめくると、赤信号の交差点の図、時刻表、そして“囮/偽装”という文字が並んでいた。
「これは……」
「お前自身が書いたものだ。別の世界で、な」
ノートの最後のページにはこう記されていた。
――〈彼女が死ぬか、俺が死ぬか。選ばなければならない〉
眩暈がする。
ページを閉じたとき、御影は笑った。
「さあ、選べ。愛か、真実か。どちらを取っても、お前は傷つく」
その声にかき消されるように、廊下の窓が強風で震えた。
振り返ると、月明かりの向こうに未來が立っていた。
表情は読めない。
御影は肩をすくめ、ふっと笑う。
「ほらな。もう“選択”は始まってる」
次の瞬間、廊下の灯りがすべて落ち、闇が校舎を飲み込んだ。
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