第6話 夏祭りの約束
夜空に花火が咲き、浴衣姿の人々が行き交う。
提灯の赤い光が川沿いを照らし、甘い匂いと人いきれで息苦しいほどだった。
「ほら、金魚すくい! やってみよ」
未來は水色の浴衣に小さな花柄。普段の制服姿とは違い、幼い頃の記憶がよみがえるようで、僕はしばし言葉を忘れた。
「……見すぎ。変だよ」
頬を赤らめ、未來はポイを構える。水面に映る花火が揺れ、金魚がきらめく。
僕は笑ってごまかした。
――だけど、心の奥には不安が巣くっている。
古賀が言っていた“録音”。
そして神崎が告げた“夏祭りの夜に真実が顔を出す”。
「ねぇ」
未來が声をひそめた。
「線香花火、やろう。……小さい頃みたいに」
人混みを抜け、神社の裏の空き地。草の匂いと夜風が涼しい。
火をつけた線香花火は、ちいさな火玉を揺らめかせる。
「落ちる前に、願いを言うんだよ」
未來が笑う。
僕は迷った。
願い……本当は「死の真相を暴きたい」と叫びたい。
でも口に出たのは違った。
「君を……守りたい」
未來の瞳が大きく見開かれる。
「……バカ。そういうこと、簡単に言うとずるい」
火玉が揺れ、ぱちりと音を立てて落ちた。
沈黙の中、遠くで花火の轟音。
そのとき――背後で囁く声がした。
「約束は守れない」
振り返ると、屋台裏の闇に神崎が立っていた。
線香花火の残り火で一瞬だけ浮かんだ顔は、薄笑いを浮かべていた。
「……お前、何者だ」
問いかけるが、神崎は答えない。代わりに指を鳴らした。
次の瞬間、川沿いの大通りでトラックのクラクションが轟いた。
人々の悲鳴。提灯が揺れ、ざわめきが波のように広がる。
僕と未來は走った。
交差点の手前で、ヘッドライトが夜を裂く。
心臓が止まりそうになる。まるで“あの夜”の再現。
ブレーキ音。急停車したトラックは寸前で止まった。
運転席の男が顔を出し、苛立った声を上げる。
「誰だよ、信号いじったやつ!」
信号。
振り向くと、未來の顔が蒼白に固まっていた。
「……私、何もしてない。信じて」
必死に縋る瞳。
でも、背筋を冷たいものが走る。
――なぜ彼女が真っ先に“疑われること”を口にしたんだ?
人混みの向こう、神崎の姿はもうなかった。
花火が夜空に咲き乱れる。
赤い光が、未來の浴衣を照らしていた。
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