第5話 担任の告白



昼下がりの教室。

チャイムが鳴り終わると同時に、担任の古賀が入ってきた。

年季の入ったスーツ、眠たそうな目。普段は生徒に干渉しないタイプだ。

だがその日の古賀は、妙に落ち着かない様子で教卓に立った。


授業の途中、視線が合った気がした。

まるで僕にだけ何かを伝えたい――そんな重さが宿っていた。



放課後。

僕は意を決して職員室に向かった。

机に向かっていた古賀は、僕を見て小さくため息をつく。

「……来ると思ったよ」


「先生。聞きたいことがあるんです」

「佐倉のこと、だろ?」


核心を突かれて言葉を失う。

古賀は椅子を回転させ、窓の外を見た。沈む夕日が彼の横顔を赤く染める。


「一ヶ月ほど前だ。佐倉が俺のところに来た。ストーカー被害を受けている、と」


心臓が跳ねた。

未來が――ストーカー?


「どんな内容だったんですか」

「詳しくは言わなかった。ただ、『赤信号の交差点に立つ人影が、ずっと私を見てる』と」


息を呑む。交差点。

僕が死んだ、あの場所。


「証拠を残すために、レコーダーを貸してくれと頼まれた」

古賀は机の引き出しを開け、小さなメモ帳を取り出した。

そこには走り書きのメモ。


――〈佐倉未來 交差点/赤/録音〉


「……理科準備室のカセット、知ってるか?」

古賀の声が低く響く。

僕は無意識に頷いた。


「俺が貸したのはそれだ。彼女は何を録ったのか、俺にはわからない。……だが、あの日以来、佐倉の様子はどこか変わった」


古賀の目が僕を射抜く。

「お前も巻き込まれるなよ」


その言葉の重みを受け止めきれず、僕は職員室を出た。

夕暮れの廊下を歩く足取りが重い。

――未來は“誰か”を録音していた。交差点で。



夜。

帰宅して机に突っ伏すと、スマホが震えた。

非通知。

恐る恐る出ると、神崎の声が囁く。


「古賀から聞いたろ。彼女は“真実”を録ったんだ」

「真実?」

「そう。君が死ぬ理由を、彼女はもう知っている。……そしてその録音を、まだ誰かが持ってる」


「誰が……?」問い詰める声が震える。

神崎はくすりと笑った。

「次に確かめるのは、夏祭りの夜だ。赤い提灯の下で、真実は顔を出す」


通話は途切れた。

窓の外、遠くで花火の練習音が鳴っていた。


僕は拳を握る。

未來は被害者なのか、それとも――加害者なのか。

けれど確かなのは、彼女は“交差点で何かを録音した”という事実。


その録音が、僕の死の謎を解く鍵だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る