第3話 親友の影



「おーい! 何だよ、呼び出しても返事しねぇし」

肩を叩かれて振り返ると、そこに立っていたのは羽村だった。

中学からの親友。いつも明るくて、からかってばかりの奴。


「昼飯、途中で抜けたろ? ……また一人で怪しいことしてんな?」

いつもの調子なのに、その笑顔が少しぎこちなく見えた。僕はまだ理科準備室で聞いた声の余韻に囚われていて、返事が遅れる。


「な、何かあったのか?」

「……いや、別に」


僕は咄嗟に誤魔化すけれど、心臓は高鳴っていた。

彼の背中に、ほんのわずかな違和感を覚える。……鞄のポケットに光る金属。あれは――タグ?


一歩踏み出して視線を向けると、確かに僕の鞄に括り付けられていたのと同型の追跡タグが、彼のジッパーにぶら下がっていた。

気づかれる前に目を逸らす。

(どうして羽村が……?)



放課後、二人で帰る道すがら。

川沿いの夕焼けがオレンジ色に染まり、蝉の声が遠ざかっていく。

「なぁ、羽村」僕は意を決して口を開いた。「それ、鞄についてるやつ……どこで手に入れた?」


羽村は足を止め、少しの沈黙の後に笑った。

「……見えてたか。やっぱり探偵だな」

彼はタグを指で弾いた。

「これな、リサイクルショップで安売りしてたんだよ。十個入り。便利そうだから買っただけ」


軽い調子に聞こえる。だが、心の奥に何か隠しているのがわかった。

「本当に、それだけか?」

「……」


羽村は川を見下ろし、しばらく口を閉ざしていた。

やがて低い声で呟いた。

「正直に言うよ。これを俺に渡したのは――未來だ」


空気が凍った気がした。

「未來が?」

「そう。『使ってほしい』って。それ以上は何も言わなかった。……お前に言うなとも言われたけど」


頭の中で警鐘が鳴る。

未來が、僕を監視するために羽村を使った? いや、それとも別の意図が?


「悪いな、隠してて」羽村は苦笑した。「でも、未來のことになると、お前……簡単に壊れそうで」


その言葉が胸に突き刺さる。

壊れそうなのは事実だ。二十四歳で死に、いま再び“過去”を歩いている。未來を愛したいのに、疑わずにはいられない。


「羽村」

僕は真剣に問う。「お前は……俺を信じてるか?」


羽村は短く息を吐いた。

「当たり前だろ。ただ――」

彼の目が鋭く光る。

「お前こそ、未來を信じられるのか?」


答えられなかった。

沈黙の中、街灯がひとつ、ふたりを照らす。



夜、自室でタグを調べる。

型番を検索すると、近くのリサイクルショップがヒットした。

そこには“十個入り”の記録。購入履歴の日付は一週間前。


けれど、おかしい。僕の鞄に取り付けられていたタグには、もっと古い登録ログが残っていた。少なくとも、二か月前から使われている。

つまり――羽村が買ったものとは別。誰かが先に仕込んでいた。


その瞬間、スマホが震えた。非通知。

通話ボタンを押すと、低い声が響いた。


「……見えてきたか?」

あの男子生徒、神崎の声だ。


「お前が疑ってる通り、未來は“加害者”だ。けど同時に、彼女は“被害者”でもある」

「どういう意味だ」

「次の授業で、答えが出る。お前の命は、残り七日だ」


通話はぷつりと途切れた。

時計の秒針の音が、やけに大きく響く。

七日。


胸に広がるのは、焦燥と恐怖、そして――未來を信じたい気持ち。

けれど羽村の言葉が、今も耳に残っていた。

『お前こそ、未來を信じられるのか?』


僕は机に突っ伏しながら心の奥で誓う。

この謎を暴かなければ、また交差点の夜に戻される。

もう二度と、彼女の泣き声を最後にしたくない。


――だが同時に確信していた。

次に狙われるのは、親友の羽村。

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