アイビーは一緒がいい

七瀬芙蓉

アイビーは偲ぶ


意外な方法で天国に行きたいよね。

目の前にいる彼女、基いしのぶは机にあったパンケーキを頬張りながら、能天気そうにそう言っていた。

ああまたか、と僕はため息をつきながら彼女の瞳を見る。

窓から差し込む陽光が彼女のことを、芸術作品かのように明るく照らしている。

「どういうこと?」

僕は彼女の言葉が気になり、ため息をついた後そう問いかける。

彼女はニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。

「そうしたら、君に見つかるでしょ?」

僕は、言葉の意味を脳内に読み込むのに、少々の時間を要した。

数秒経ちハッとした。つまり、それは。

天国でも僕に会いたいってこと?。

そんなに、僕のこと好きなの?。

そんな言葉は、喉でつっかえて出てこなかった。


♢♢♢


彼女がそう奇想天外な言葉を発してから、数週間の時が経った。

ジリリリリリリ...とアラームの音が聞こえる。僕は瞼を擦りながらゆっくりと瞳を開く。

「ん~...」隣からそう声が聞こえる。

一瞬時が止まったかのようだった。僕はゆっくりと隣を見ると、しのぶがそこに居た。糸のように繊細な黒い髪を靡かせながら、星かのように綺麗な瞳を擦っていた。その後、こちらへ向き「おはよう~」と緩やかな声をしながら、微笑みを浮かべていた。

何故ここに?という疑問を抱きながらも、僕はスマホの時計を見る。

「あ」

僕は唖然とした声を出す。

「どうしたの?」

しのぶは、きょとんとした声を出す。

「寝坊..した...」

そう言った瞬間、兎かのようにしのぶはぴょんと跳ねた。

刹那、僕たちはベッドから飛び出し、阿吽の呼吸かのように動いた。

「なんでアラームこんな遅いのさ!」

しのぶは焦った声色でそう叫ぶ。

「知らない!」

僕もすかさずそう返す。

「ああもう、なんかない?!」

着替え終わったしのぶは走りながらそう叫ぶ。

僕は机にあった食パンを一枚取り出し、「これ!」と叫びながら、彼女に見せる。

「ありがと!」

しのぶはそれを口に咥え、玄関へ走る。

「行ってきます!」

彼女は靴を履きながら、こちらへ振り向きそう叫ぶ。

ガチャ、と扉が開く音がした。

「行ってらっしゃい!!!」

私は叫ぶ。

嗚呼、今日も日常が始まるのだろう。

私は彼女の背中を見送り、ただ閉められてゆく扉を見ながら、そう心の中で思う。


しのぶの訃報が数時間後に来るとは、露知らずに。


♢♢


雨が降っていた。

どんよりと、僕の胸を突き刺すかのように。

どうして、こうなった?。

僕は白くなり、眠るような表情で、天国に旅立ったしのぶの顔を見ながら、そう考える。

僕たちが、神様に何をしたというんだ?。

僕たちが何か悪いことをしたのか?。

それとも...。

僕の思考は、ただ自身の精神を蝕むかのように、負の方向へと歩いていた。

「しの、ぶ...」

僕は、小さくそう呟く。拳をぎゅっと握りしめ、泣かないように歯を食いしばる。

「しのぶ....」

僕は再びそう呟く。視界が段々と、視界がぼやけ始めてゆく。

ああ、駄目だ、泣いてはいけない。そう自分に言い聞かせるが、そう思う程涙が強くなってゆく。

「しのぶ...!」

僕は涙を必死に擦りながら、彼女の名を呼ぶ。

雨音が強くなる。僕の心情と連動するかのように。


♢♢♢


何もする気にならない。

この一人にしては広すぎる家を眺めながら、そう呟く。

ご飯を食べずに何日が経っただろうか。

掃除をせずに何日が経っただろう。

寝ぐせを直さずに何日が経つだろう。


しのぶに会いたい。


心の中でそう叫ぶ。

会えないのに。

あの子はもう、この世界には居ないのに。

世界自体がモノクロに見える。

あの子がいない世界なんて、意味がないのに。

会いたい。

会いたい会いたい会いたい。

溢れだした思考は止まらない。

会いたいよ。

ハグしたい。

キスもしたい。

ただ、お互いの存在を確かめ合いたい。

ずーと一緒が良い

離れたくない。

地獄でも一緒が良い

話をしたい。

もう一度、愛してると言いたい。

だったら。

だったらだったらだったらっ!。

僕は一つの名案を思い付いた。

彼女が言っていた「意外な方法で天国に行きたいよね」の言葉。

それの真意は、天国で見つけやすいように。

その言葉、確かに彼女は覚えている筈。

だったら、だったら!。

意外な方法!それは!。

自転車で天国に行くことだった!


♢♢


しのぶ

嗚呼しのぶ

あの言葉、覚えていますか。

聞こえませんか。聞こえないですね。

僕、今からあなたに会いにいくよ。


「おし...」


帰宅することはない家の鍵を締め、傍にある自転車にまたがる。


「もうすぐで、もうすぐでもうすぐでもうすぐで!」


私は自転車のペダルを思いっきり踏む

思い出すは、彼女と過ごした数年間

初めて一緒に寝た日

初めて一緒に料理した日

初めて喧嘩した日

初めて記念日を祝った日

初めて一緒にクリスマスを過ごした日

初めて一緒に正月を過ごした日

初めて一緒に親へに挨拶いった日

初めてお互いに指輪をつけたとき

結婚したとき

同棲する家を決めたとき


全て


全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て!過去だけど、終わった過去で終わらせない!


幸せな記憶も、全て彼女と居た。

そして、もうすぐで会える


そう思うだけで、モノクロだった世界が明るくなる

雨粒は止まり、虹の模様を浮かべる。雲の間から太陽が差し込み、風は追い風になる。


「やっぱり!」


自転車で天国に行くべきだったんだ!


そう叫ぶ。

私がこの現世で最後に見た記憶は、これだけだった。


♢♢


やっと来たの?


やっぱり居た!てっきり地獄にいると思ってた


失礼すぎない?!


かなぁ


かなぁじゃないよ失礼ってやつだよ、私だからいいけど他の人だったら...


他の人?


うん


もう話せないじゃん


話したかったの?


それはちがう!



僕は、しのぶと話せたらそれでいいや


え、プロポーズ?


元々籍入れてるでしょ僕たち


確かに


...まぁ


どうしたの?しのぶ


これからは、ほんとにずっと一緒って奴だね


しのぶー!



ああひっつくなー!



すき!


...私も大好き





















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アイビーは一緒がいい 七瀬芙蓉 @r1nnedesu_

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