第2話 害虫

 骨と化したホームレスの男性。

 無残な姿を発見したのは仲間のホームレス達だった。

 綺麗に骨だけが残っており、その周囲には多くのゴキブリの死骸があった。

 通報を受けて、警察官がやって来た。

 死体と言うには綺麗に白骨だけが残っている状態。

 確かに周囲には多量の血があり、ここで殺害された事を裏付けるが、肉の一片も無いのはあまりにも不可思議だった。

 殺人事件として、白骨は検死に回された。

 現場には鑑識だけじゃなく、科捜研も入った。

 彼らが注目したのは多量のゴキブリの死骸だった。

 ゴキブリが人間を襲う。

 それは常識的では無かった。ゴキブリは何でも食べるが、人の皮膚を切り裂く程の強い顎は無く、死骸の腐った肉は食っても生きている動物を襲う事は無い。

 つまり、男性の肉体が消失したのはすでに腐乱していた肉体をゴキブリが集って、食ったと考えるべきだ。しかしながら、ゴキブリの死骸は全て、潰されている。

 野生動物がゴキブリを潰した。あり得ない話でもない。

 だが、野生動物にも食われたとすれば、ここにある白骨は不思議と全て揃っているのだ。仮にここで野生動物が被害者を食ったとしても、肉体はバラバラになり、骨はもっと散らばっていても良いはずだ。

 だが、骨はここで肉体が全て剥ぎ取られたかのように形を残していた。

 脳みそも内蔵も全てが綺麗に消えていた。

 

 刑事は殺人事件の線で周囲に聞き込みを始めた。

 だが、被害者の足取りは昨日まで確かにあり、殺害されたとすれば、真夜中。

 ゴキブリが齧るにしては肉体はそれほど腐敗してなかったと思われる。

 あまりに不可思議な事件だったが、これは始まりに過ぎなかった。

 白骨化事件はこれ以降、毎日のように彼方此方で起きた。

 殆どはホームレスであった。

 何の前触れもなく、一晩で白骨化する事件。

 そして、必ず、現場には多くのゴキブリの死骸があった。

 刑事達は事件現場から、ある推測を立てた。

 この事件にはとある一軒家が中心にある事。

 そこは近隣からゴミ屋敷と呼ばれ、酷い臭いから、常に苦情が上がっている。

 家を覆う程のゴミが山積みにされた敷地へと警察官達がやって来た。

 彼らが門の前に来ただけで、異臭が鼻を突く。

 並のマスクでは近付くだけで吐き気を催す程だ。その為、彼らは防毒マスクを仕様している。

 「腐敗臭だけじゃないな。化学的な臭いもする」

 多分、彼方此方から不法投棄されたゴミの中に危険な薬品などもあったに違いない。それらから、異臭が放たれている。

 「住人は小川泰三。85歳。男性。家族はありません」

 「生存確認がされたのは?」

 「半年前に市役所の職員が苦情処理の為に訪れた時ですね」

 「まずは住人の安否確認だな」

 刑事達はゴミをどかしながら、玄関へと迫る。

 その時、ゴミの山からガサガサと嫌な音が聞こえた。

 「何ですかねぇ・・・虫が這い回る音みたいですけど」

 「ゴキブリでもネズミでも居るんだろ」

 誰もが不気味がりながら、玄関へと辿り着いた。

 扉を開けると、不思議とあまり臭いがしなかった。

 「中もゴミでいっぱいだな・・・」

 山積みのゴミ袋は思ったよりも軽い。その殆どが裂かれていた。

 「中身が失われている・・・」

 刑事の一人がそれに気付いた。

 そして、彼らは奥へと辿り着いた。

 居間だろうと思われる場所に僅かなスペースがあり、そこに白骨死体があった。

 「住人だろうな。白骨化している」

 想定通りの事態。刑事は死体の回収を命じた。

 その間にも周囲のガサガサ音は酷くなっていく。

 「くそ・・・気持ち悪いな。この音。早く終わらせろ」

 刑事達は死体袋に白骨を入れ始める。


 敷地外で待機していた警察官達は中の連絡を受けて、車を用意していた。

 突如として、無線機が鳴り出す。

 「た、助けてくれ。虫が・・・ゴキブリがぁぁあああああ」

 突然の叫び声。それは住宅の方から聞こえた。

 突如として、開け放たれた扉から飛び出す捜査員の一人。

 その姿に警察官達は驚いた。

 彼の体の殆どを黒い塊が覆っていた。それは遠目から何か解らなかった。

 「た、助けて!痛い!いたぁあああ」

 捜査員はその場に倒れ込む。藻掻き苦しみ、暴れ回った。

 警察官達は慌てて、駆け寄ると、その黒い塊の正体が解った。

 無数のゴキブリだ。

 ゴキブリが捜査員の皮膚を噛み千切り、肉を食らっている。

 血達磨になった捜査員は痛みに耐え切れず、失神する。

 だが、尚もゴキブリは彼の肉体を食っている。

 警察官達はあまりの光景に驚くがすぐに彼の身体からゴキブリを排除しようとする。

 叩き殺し、上着で払い除ける。

 それでも次々とゴキブリが屋内から這い出てくる。

 やがて、それらは警察官達に襲い掛かって来た。

 「逃げろ。すぐに本庁に応援を呼ぶんだ」

 一人の警察官にそう命じた。彼は仲間が黒い塊に覆われていく様を後目にパトカーへと駆けて行った。

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