第23話:賭け

ぴくりと眉を顰めつつも教授は面白いものを見るような目で椿を見つめる。

青嵐には椿が一体何をしようとしているのか分からなかった。


「許可しよう、言ってみるといい」


「まず確認ですが、いくら求めても貴女はその場所を教えない、という認識でよろしいですね?」


「違いないね」


本人がそう言っているのだから間違いない。

メインシナリオのないRPGがゆったりとしたものになるように、導き手が役割を放棄した青嵐の道はペースダウンを余儀なくされるだろう。

とはいえ確実に進歩できた、それに青嵐は満足しようとした。


「では私から一つ提案を」


前置きをして椿は妖艶で高校生とは思えない微笑みを向けた。

まるで人生を最大限楽しんでいる遊び人のような雰囲気を醸し出していた。


「提案かい?」


「ええ、一つ賭けをしませんか?教授」


「賭けだと?」


教授は怪訝そうに眉を顰めた。

真剣な話し合いの場において賭けなど言語道断、青嵐は椿の暴走を止めに入ろうとした。

しかし椿は片腕で青嵐を御し、有無を言わせぬ迫力を秘めていた。


「ルールは簡単です、私がその魔女の情報がある地域を当てたら勝ち、教授にはその地域に行くのに少しバックアップして貰います」


青嵐とは違い、椿はこれだけの情報で満足するのを拒否した。

一瞬だけ場を静寂が包み込んだ、ぴんと張り詰めて緊張感に満たされた静寂だ。


沈黙を破ったのは教授、子供をあしらうように鼻で笑った。


「それで、キミが負けた場合は何を差し出すんだい?」


対価がなければ人は動かない、教授の教えだ。


「教授、私たちの通う高校がどんなところかご存知ですか?」


「おい待て霞草!おまえ…」


椿が一体何を賭けようとしているのか、青嵐は理解してしまった。

それは教授も同じだった。


2人の通う高校は世間一般的な普通の高校ではない。

所謂金持ち私立高校、多額の学費が必要になるわけで例外を除いて富裕層ばかりだ。

そして椿はその例外ではなく普通の生徒だ。


青嵐は彼女の家が何をしているのかは知らないが、同じ高校に通う以上金持ちなのは確かである。


赤い霞草の瞳が、まるで蜃気楼だったかのようにゆらりと怪しく輝いた。


「うちであなたの研究を無償で支援します、言い値でいいですよ」


賭けられたチップは破格のものだった。

こんな高校生の調べ物に出していいものじゃない、大人のビジネスですらそうそうない話だ。


その提案に対して教授はまた幼子をあやすように口角を釣り上げた。

しかしその目には確かに驚愕の色が混じっている。


「子どもが去勢を張るんじゃないよ、これでも資金は潤沢にあるんだ」


「お金はあるに越したことはないでしょう?」


引き下がる気のない椿、やれやれと言ったそぶりを教授は見せた。


かちゃり、教授がネックレスの指輪をいじってそう音が鳴った。

目の前の提案を意に介さずなんなら怒気がちらついているように見えた。


「…私からもひとつ問おうか」


「なんでしょう」


椿は相変わらず飄々としてる。

すぐになぜ教授から怒りを感じたのか、青嵐はその理由を知ることになった。


「その提案、キミにメリットはあるのかい?」


雨が窓を叩く音がより一層大きくなった気がした。

カフェテリアで教授が話したことが青嵐の脳裏にフラッシュバックする。

椿がなぜ青嵐のことを手伝ってくれるのか。

それは友達だからが正解だ語った、しかしこの賭けは流石にそれで片付けられる範疇を超えている。


かちゃりと、もう一度指輪が鳴る。

教授が誰かに祈るようにぎゅっとネックレスを握ったからだ。


青嵐には教授が怒っているように見えた、しかしそれは間違いだ。

教授が感じているのは怒りではなく「畏怖」だ。

目の前の底知れない相手に対する威嚇のような「畏怖」であることを青嵐は理解してしまった。


「メリット、ですか」


「ハッキリ言って私はキミが気味悪い、そこまでする行動理念が見えなさすぎるからね」


ふふっと、笑いのある息が吐き出された。

一瞬だけ青嵐はそれがどちらが笑ったのかわからなかった。

なぜなら椿が洩らしたその笑みはあまりにも大人びすぎていたからだ。



「ちょっとした自己満足ですよ」


「ほう?」


ちらっと青嵐の方を椿は見た。

話している最中の地震に満ち溢れた瞳ではなく、不安のようなネガティブな何かを孕んだ瞳だった。



「母親がこの子にしてあげられなかったから、友人として一緒に旅して、バカやって、それでこの子が幸せになる、それを見たいだけですよ」



冷房をつけたみたいに、この部屋にひんやりとした雰囲気が満ちていく。


「…なんだか別の意味で気味が悪いよ」


「私はそれで楽しんでるので、金持ちの道楽ですよ」


ははっと、子どもがピーマンを見て嫌がるように。

声に一切ブレのない椿の返答に対して教授は苦笑いした。


「………狂気、だね」


教授のその呟きに全てが詰まっていた。


たかが楽しむことだけに大金を積むだなんて、これを狂気と呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。

青嵐は自身と並び立ってくれる少女に得体の知れない、それでいて安心する霞草椿という人間の根幹を垣間見た気がした。


「私からすれば、ほどほどに狂ってる方が楽しいですからね」


「本当に年下なのか疑いたくなるね」


青嵐だって頼もしいこの女子高生を同級生なのか疑いたくなった。

それと同時に感じたことがあった。


「なんというか、恐ろしいけどお前らしいな」


「でしょ?」


あの日であってから共に行動をしてきた青嵐の見てきた「霞草椿」なら言い出しそうなことでもあった。

突拍子もないことを言い出して、それでいて恐れ知らずで。

だからこそ今ここにいてくれるのだと青嵐は笑った。


「なあ霞草、お前本当に正解できるのか?」


「できるよ、約束する」


椿の目に躊躇いの色はない。

青嵐は自身の「悪い方の勘」ではなく、「良い方の勘」が珍しく当たりそうな予感がした。

本人がこう言っているのだ、青嵐は信じる以外に選択肢がなかった。


「信じるからな」


「任せといて」


そして椿は教授と再び面と向かう形となった。

青嵐と椿両名の心の準備が整ったところで、教授は椿の紡ぐ回答を問うた。


「では聞こうか、キミの考える魔女の大きな情報のある地域とはどこだい?」


空気が緊張感を孕む中で、椿はカラッと晴れた不適な笑みを浮かべて答えた。






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